往来物PDFデータダウンロード販売
-
三界義(正保3年)
¥1,260
三界義(正保3年) 【判型】大本1冊。縦266粍。 【作者】源信(恵心・慧心)作。 【年代等】正保3年4月刊。[京都]杉田勘兵衛板。 【備考】分類「天台」。袋綴じ展開収録。SE02983
-
月庵法語[月庵和尚法語](江戸前期異板2種)
¥3,200
月庵法語[月庵和尚法語](江戸前期異板2種) 【判型】大本1冊。収録純に縦258・254粍。 【作者】月庵宗光(ゲッタンソウコウ・-シュウコウ)作。 【年代等】正保3年刊。[京都]林甚右衛門板。 【備考】分類「臨済」。江戸前期刊の異板も全冊収録した。正保板は杉浦丘園(三郎兵衛利挙トシタカ)旧蔵書(杉浦文庫)。仏教。月庵宗光著。南北朝時代の僧侶(臨済宗)月庵(康応元年(1389)没、64歳)が、予州太守某など25人に与えた仮名法語。写本に愛媛最明寺本・京大本などがあり、版本には五山板・応永9年板・正保3年板以下がある(「日本古典文学大辞典」参照)。著者(1326-1389)は、南北朝時代の僧。正中3年4月8日生まれ。臨済宗。峰翁祖一(ホウオウソイチ)、孤峰覚明(コホウカクチョウ)らに師事。伊予(愛媛県)宗昌寺の大虫宗岑(ダイチュウソウシン)の法をつぐ。但馬(兵庫県)大明寺を創建。守護山名氏の帰依をうけ、円通寺などをひらく。康応元=元中6年3月23日死去。64歳。美濃(岐阜県)出身。俗姓は大江。諡号は正続大祖禅師。著作に「月庵和尚仮名法語」など(コトバンク)。世阿弥の能楽論を代表する『花鏡』に、この法語から月菴の偶示が引用されており、その偈というのは,「生死去来棚頭傀儡一線断時落々磊々」というもので、『花鏡』の「万能一心を縮ぐ」の項に引用している。その意味は棚の上の操り人形は糸が切れると一切がだめになってしまう。物まねを旨とする芸能も操りなので、どうにかこれを繋いで芸を生かすには演者の心が大切であるというのが世阿弥が月菴の法語から得たところの意味である(Wikipedia参照)。 SE02673
-
★初学文章并万躾方(正保4年) 【作者】不明
¥4,000
★初学文章并万躾方(正保4年) 【判型】中本1冊。縦195粍。 【作者】不明。 【年代等】正保4年5月刊。[京都]西村又左衛門板。 【備考】分類「往来物」。袋綴じ展開収録。寛永6年刊『初学文章抄』の改編版。最古の寛永11年板は、本文を大字・7行・所々付訓で記す(後に消息文以外は割注形式となった)。上巻の「初学文章」と下巻の「万民可嗜躾方(同絵図之事)」からなり、前者は『初学文章抄』3巻本の上・中巻、後者は同下巻に相当するが、異同も少なくない。特に目立つ変化は寛永6年板の中巻第9条「親、師匠、おやかたなとの留守之間によ所(そ)より状之来(きたる)時の事」など『初学文章抄』の中・下巻から合計16カ条を削除、また3カ所で2カ条を合併した結果、合計19カ条の減少となったが、逆に末尾に「くわしをくふべき事」など17カ条に及ぶ食礼を増補したため、最終的に実質89カ条となった。すなわち『初学文章抄』3巻の構成を書札礼とその他礼法の2部構成とし、特に下巻の礼法を「食礼」に重点を置いて大幅に改訂したものが本書である。以後、『初学文章』系の往来物はこの2部構成が主流となり、また、近世後期までに数多く出版された小笠原礼法書の基本スタイルにもなった。正保2年板あたりから絵入本(礼法部分)が登場したほか、内容の一部を削除して小字で綴った簡略版の『〈新板絵入〉初学しつけ方』等が江戸中期以降に出版されている。 03消ショガクブンショウナラビニヨロズシツケガタ(正保4年)★【往来物】48 SE00225
-
★初学文章抄[初学文章并万躾方](正保3年) 【作者】不明
¥4,000
★初学文章抄[初学文章并万躾方](正保3年) 【判型】中本1冊。縦200粍。 【作者】不明。 【年代等】正保3年4月刊。刊行者不明。 【備考】分類「往来物」。袋綴じ展開収録。寛永6年刊『初学文章抄』の改編版。最古の寛永11年板は、本文を大字・7行・所々付訓で記す(後に消息文以外は割注形式となった)。上巻の「初学文章」と下巻の「万民可嗜躾方(同絵図之事)」からなり、前者は『初学文章抄』3巻本の上・中巻、後者は同下巻に相当するが、異同も少なくない。特に目立つ変化は寛永6年板の中巻第9条「親、師匠、おやかたなとの留守之間によ所(そ)より状之来(きたる)時の事」など『初学文章抄』の中・下巻から合計16カ条を削除、また3カ所で2カ条を合併した結果、合計19カ条の減少となったが、逆に末尾に「くわしをくふべき事」など17カ条に及ぶ食礼を増補したため、最終的に実質89カ条となった。すなわち『初学文章抄』3巻の構成を書札礼とその他礼法の2部構成とし、特に下巻の礼法を「食礼」に重点を置いて大幅に改訂したものが本書である。以後、『初学文章』系の往来物はこの2部構成が主流となり、また、近世後期までに数多く出版された小笠原礼法書の基本スタイルにもなった。正保2年板あたりから絵入本(礼法部分)が登場したほか、内容の一部を削除して小字で綴った簡略版の『〈新板絵入〉初学しつけ方』等が江戸中期以降に出版されている。 03消ショガクブンショウショウ・ショガクブンショウナラビニヨロズシツケガタ(正保3年)★【往来物】48 SE00222