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★〈両点〉七色葉并国尽[七ッいろは・大日本国尽](明暦3年・水田板)
¥1,400
★〈両点〉七色葉并国尽[七ッいろは・大日本国尽](明暦3年・水田板) 【判型】大本1冊。縦265粍。 【作者】不明。 【年代等】明暦3年1月刊。[京都]水田甚左衛門板。 【備考】分類「往来物」。袋綴じ展開収録。全冊通常収録。『〈両点〉七色葉并国尽』は、前半に「七ッいろは」、後半に「大日本国尽」を収録した往来物で、明暦3年板は万治2年板に次ぐ「七ッいろは」の最古本。「七ッいろは」は、見出しを兼ねる冒頭の漢字(大字・篆書で記し小字の平仮名と片仮名を付す)1字と、同音の漢字(大字・行書で記し、音訓を平仮名で付す)6字の合計7字を1行に記したもので、「イ」~「京」に続けて「一」~「十」までの58行を同体裁で綴ったもの。底本は各漢字の左右に音訓(殆ど字訓)を付す両点本。続けて「十干・十二支」の2行と「唐以呂波(モロコシノイロハ)」を付す。さらに巻末には「諸国并御城下(ショコクナラビニオンシロシタ)」と題して五畿七道別の国名・州名と国内の主要城下町22カ所を列記する。SE03040
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★七ッいろは(明暦4年)
¥1,400
★七ッいろは(明暦4年) 【判型】大本1冊。縦259粍。 【作者】不明(尊円末流何某書)。 【年代等】明暦4年8月刊。刊行者不明。 【備考】分類「往来物」。袋綴じ展開収録。『七ッいろは』(明暦4年)は、万治2年板・明暦3年板に次ぐ「七ッいろは」の初期刊本。底本は、平仮名いろは(片仮名イロハを右下に小字で添える)を見出し語として、半丁4行で、各行に同音の漢字6字(例えば、い行は「以・伊・畏・意・委・異」)を大字で綴り、左右に音訓(大半が字訓)2~6種を小字で添えたもの。「イ」~「京」「一」~「十」の58行と「十干・十二支」4行の合計62行。また、末尾1丁に「篆字いろは」「唐以呂波(モロコシノイロハ)」を付す。SE03038
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楠兵庫記[楠兵庫巻・太平兵庫記](明暦元年)
¥1,000
楠兵庫記[楠兵庫巻・太平兵庫記](明暦元年) 【判型】大本1冊。縦277粍。 【作者】不明。 【年代等】明暦元年5月刊。刊行者不明。 【備考】分類「兵法」。袋綴じ展開収録。本書は、楠正成が兵庫より故郷に帰る時、家臣渡辺勇へ贈った書で、「文武の事」「君と臣との事」「大将道を守る事」等から「将士理官の事」「古今軍品々の事」等に至る44カ条で将士戦争の道を示したものだが、多くの学者はこれを偽書とする(『国書解題』参照)。一方、『楠氏研究』には本書の序文の内容を踏まえながら、「此兵庫の記は楠判官正成が、兵庫より恩地を故郷へ帰しける時、正行が方へ送りし一巻の書なり。赤松満祐秘蔵して、家の書と号して、人に授くる事なかりしに、嘉吉2年の春、時を得て望み出し、書き加へて、此書の亀鑑に備ふる者也。この一巻の書四十二ヶ条、精微の実事を記し、教戒の心を本とす、略ぼ攻戦の事に便にして、勝負の源を示し、王道を傍らに説き、其心を述べて、政道の是非を知らしめ、終には色を忌みて、上下を戒め、古今の心をとつて、八陣を教へ、治乱共に用うべき識書也」と記し、箇条数が一致しないが、刊本最古本の明暦元年板には「文武の事」から「古今軍品々の事」までの43カ条を載せる。 SE02623
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医方大成論[南北経験医方大成](明暦4年)
¥1,240
医方大成論[南北経験医方大成](明暦4年) 【判型】大本冊。縦268粍。 【作者】孫允賢作。 【年代等】至治元年(1321)、 王元福序。明暦4年4月刊。[京都]荒木利兵衛板。 【備考】分類「医学」。首題下に「宗文書堂新刊」とあり。研医会図書館HPによれば、『南北経験医方大成論』(以下、『医方大成論』という)は江戸初期から中期にかけてしばしば刊行され、その抄や解説書も数多く、大変広く読まれた。本書は、『医書大全』の中の病論だけを抜き集めて一書としたものである。SE01994
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新式目(明暦2年*高精細) 【作者】不明
¥2,000
★新式目(明暦2年*高精細) 【判型】大本2巻合1冊。縦260㎜。 【作者】不明。 【年代等】明暦2年3月刊。[京都]村上平楽寺板。 【備考】分類「往来物・法制」。袋綴じ展開収録。『新式目』は、「第一、訴訟人作法事」から「第六十、御公家衆之事」までの60カ条の法令(式目)を手習い手本としたもの。各条を大字・6行・付訓で記し、付則を割注形式で綴る。内容は、判決を下したり取り締まったりする側の基準や心得が中心で、凶悪犯の扱いから跡目争い、夫婦の問題・商売・耕作・質屋・風呂屋・遊女屋などの庶民の日常卑近なことにまで及ぶ。封建的・儒教的な色彩は免れ難く、「五人組(本書では「十人組」)」式の連帯責任制、子が親を訴えることを事実上禁止する「孝」の重視などが見られる。また、奉行所の手を煩わせなくとも解決できるものは自治的に解決するように求めている。その一方で、取り締まる側にも、改心した者は追いつめないなどの恩情、賄賂の授受や依怙贔屓の禁止、証拠がないまま犯人として捕らえることの禁止等が求められている。要するに、公儀の考え方や治世方針の一端を示すものとなっているわけで、これを学習者に浸透させることが本書のねらいであったと考えられる。なお、本書は『京都所司代板倉氏父子公事扱掟条々』と内容的に重なるものがあり、新式目が名裁判官板倉父子の名を喧伝するための材料として用いられたことは確かであろう。なお、後印本に宝暦2年、大阪・平瀬新右衛門求板本(筑波大蔵)がある。 SE01464
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★〈江戸〉新用文章(村田板・頭書絵抄、寛文板系統) 【作者】不明。
¥2,000
★〈江戸〉新用文章(村田板・頭書絵抄、寛文板系統) 【判型】大本2巻2冊。縦265粍。 【作者】不明。 【年代等】江戸前期刊。[江戸カ]村田板。 【備考】分類「往来物」。袋綴じ展開収録。寛文2年板系統の「新用文章」の一つ。頭書に「江戸」とあるため、板元の村田氏は江戸書肆であろう。『新用文章(新板用文章・新板用文障)』は、江戸前期~中期に普及した初期用文章の典型。書名を異にする異板や異本、また改題本などが多数存在するが、本文のみの純然たる手本である明暦板系統と、頭書に絵抄・注釈を加えた寛文板系統の2種に大別される(それぞれ下巻第2状「借用申銀子之事」の末尾に「明暦二年」または「寛文二年」と記載)。明暦板系統は、上巻に「正月初て状を遣事」から「年の暮に祝を得たる時礼状之事」までの19通(大半が用件中心)、下巻に「家売券状之書様之事」以下4例の証文類文例と「諸道具字づくしの事」「着類字づくしの事」「編并冠字づくしの事」の語彙集に加えて「義経含状」(寛文板系統では削除されたり、「国尽」と置き換えられた)を収録する。いずれも、本文を大字・4行・付訓で記す。以上の例文は寛文板系統では書状数が若干減ったり配列が変更されたほか、消息例文中第7状の「かしく」、第10状の「恐惶かしく」といった書止が「謹言」「恐々」等に改められるなど、「かしく」の使用を意図的に排除した形跡も窺われる。さらに寛文板系統の証文文例では「売主誰」「請人誰」のように署名について注意を喚起するなど実用面での前進が見られる。いずれにしても、『新用文章』は、後続の類本に多大な影響を与えた江戸期最初の用文章として重要である。 SE01372
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庭訓往来註[庭訓往来注・庭訓抄](明暦元年・2種)
¥1,960
庭訓往来註[庭訓往来注・庭訓抄](明暦元年・2種) 【判型】大本2巻合1冊。収録順に縦260・265粍。 【作者】不明。 【年代等】明暦元年6月刊。刊行者不明。 【備考】分類「往来物」。袋綴じ展開収録。同板別本も抄録。近世を代表する『庭訓往来』の注釈書である寛永8年刊『庭訓往来註』の改編本。『庭訓』本文を楷書・大字・8行・付訓(返り点・送り仮名付き)で記し、各状毎にやや小字・16行・付訓で漢字・片仮名交じり文の詳細な注解文を挿入する。巻首序文に「末世ノ諸人、コノ抄ヲ以テ鏡トナサバ、仁義礼智信ヲ覚エン。猶々愚昧ノ教言ニタメニ注シ、効能ヲ加ヘタリ。身ノ終フルマデ亡失スルコトナカレ」と記すように、教訓的・道徳的色彩が濃厚な注解文になっているのが特徴。すなわち本書の注記は、仏教・儒教本位でもなければ常識本位でもない、とりとめもない伝説を『庭訓往来』の文言に寄せて羅列したものである。それゆえ、室町後期成立の真名文系『庭訓往来註』に比べ、総体的に短文の注釈文であるのに対し、少なくとも説話のきっかけを持つ単語については因縁話を引いた長文の注解とする。 SE01366
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★女筆手本(小野通・5種) 【作者】小野通書
¥14,720
★女筆手本(小野通・5種) 【判型】特大本または大本1冊。収録順に縦260・281・261・256・270粍。 【作者】小野通書。 【年代等】江戸前期刊(明暦頃~元禄4年) 【備考】分類「往来物」。5種を多く袋綴じ展開収録。収録順に次の通り。 (1)小野通女筆手本 明暦2年1月刊。[京都]山本五兵衛尉板。本書は、4種の版木を組み合わせたもので、うち冒頭の女筆手本は不明。2つ目が小野通の手本。次は不明。最後が享保14年刊『女蒙求艶詞』の付録記事と同じで、本書がもともと合本なら江戸中期の後印か。いずれも数丁の落丁がある。 (2)女筆手本 書き題簽だが原題か。小野通の女筆手本の最古本である慶安5年刊『女筆小野のおづう手本(仮称か、一名篁筆抄)』2巻2冊本([江戸]松会市郎兵衛板)だが、本書と同じか。丁数からもと2冊本と見られるが、小野通筆と確認出来るものが、『元禄5年書目』に載る(2冊本の『小野ゝおづう手本』)。ただし、2冊本の『女筆手本』は寛文6年頃刊の『寛文年間書目』から掲載されているので、これが小野通手本と見られる。本文の内容は、多くが散らし書きで、「新年祝儀状」から「新年祝儀状」までの21通と漢詩文8編からなる。本書の内容の順番を大幅に変えたり、末尾の詩歌を別のものと置き換えた改編本として、元禄4年刊『〈四季〉女文章』や享保頃刊『女筆春の錦』などが刊行された。丁付けに抜けのない完本。 (3)小野通女筆手本(仮称)(2)とほぼ同内容だが異板。本文第18・19丁落丁のため、(2)によって補った。巻末の詩歌は、風に吹かれて飜ったような散らし書きの和歌「君をのみおもひねたねし夢なれば、わが心からみつるなりけり」(凡河内躬恒、古今608)」を掲げる(『女筆春の錦』ではほかの和歌も含め4首を掲載)。 (4)女筆手本 題簽下部が欠落するが、冒頭に「女筆」と印刷されており、裏表紙見返しに「女筆手ほん」と記す。(2)(3)とほぼ同じだが、末尾の詩歌を欠く(落丁が多いため落丁かもしれない)。 (5)〈四季〉女文章〈小野のおづう〉(下巻)以上の諸本と収録順序が大幅に異なるが、下巻には「帷子の図案をお見せする旨の書状」など8通を収録。出版の経緯や刊年等が明記された点で貴重。 SE01336
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★京都御式目[京町之触状](3種) 【作者】不明
¥8,640
★京都御式目[京町之触状](3種) 【判型】大本3巻3冊。収録順に縦278・258・266粍。 【作者】不明。 【年代等】明暦2年1月初刊([京都]西田加兵衛尉板)。江戸中期後印([京都]北村茂兵衛板)。 【備考】分類「往来物・法制」。『京都御式目』は、上・中巻の『京都町中可令触知条々』および下巻の『京都町々年寄可相定触状』ほかから成る手本。本文を大字・4行・ほとんど付訓で記す。前者は元和8年から明暦元年に及ぶ触状で、上・中巻には(1)諸人訴訟之事、(2)諸商買之事、(3)質物取置事、(4)諸証文判形之事、(5)就売買書物取替事、(6)火事出来之事、(7)武士之牢人不可隠置事、(9)はてれん門徒停止之事、(10)新寺建立制止之事の9カ条から成る元和8年8月触状を基本に、追加法令である元和8年11月触状(7カ条)および寛永6年10月触状(5カ条)の合計21カ条と明暦元年11月触状(9カ条)を収録する。下巻は、明暦2年1月制定の『京都町々年寄可相定触状』『町々年寄方より奉行所へ之請状』『京都町中之家主再借家之者共より年寄方へ之請状』の3状で、それぞれ、毎月2日、会所または寄合で読み聞かせ、吟味すべき旨を説く。京都町人の労働・生活に触れた部分も多く、式目型往来と公民型往来の双方の性格を持つ。 08社キョウトオンシキモク・キョウトゴシキモク・キョウマチノフレジョウ(3種)★【往来物・法制】108 SE00907
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★女諸職揃并商売尽 【作者】不明
¥4,000
★女諸職揃并商売尽 【判型】中本2巻2冊。縦186粍。 【作者】不明。 【年代等】江戸前期(明暦頃カ)刊。[江戸]板木屋市兵衛板。 【備考】分類「往来物」。袋綴じ展開収録(見開き図再掲)。『女諸職揃并商売尽』は、女性の職業や商売を紹介した絵入りの産業科往来で、女性の職業を扱った特異な往来物。底本は数丁の落丁があるため内容は不明だが、巻頭の目次によると、上巻「女諸職」には、「はたをり(機織)」から「子うませ(子産ませ・産婆)」までの15種、下巻「女商売尽」には、「もちし(餅師)」から「いしうり(石売)」までの23種を収録する。元禄3年刊『人倫訓蒙図彙』と同じか、それ以前に刊行されたものと考えられ、享保元年刊『女大学宝箱』などに掲げられた女諸職・女商売の記事に先立つ往来物として注目される。 07産オンナショショクゾロエ、ナラビニショウバイヅクシ★【往来物】44 SE00802
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★駿河状(文政6年) 【作者】間宮喜平次作。若林霞谷書
¥4,000
★駿河状(文政6年) 【判型】特大本1冊。縦287粍。 【作者】間宮喜平次作。若林霞谷書。 【年代等】慶長17年作。最古刊本は明暦4年初刊([京都]水田甚左衛門板)。文政6年冬、遯窩老人(植木仼謙・休翁)跋・刊。刊行者不明(私家版カ)。 【備考】分類「往来物」。地誌型往来の先駆と目される往来で、(1)駿府城を中心とした東西南北それぞれに所在する神社や名所旧跡、それらの景趣・縁起等、(2)駿府城の威容と結構、(3)慶長一七年正月、同城における年頭の儀式次第等について記す。特に(3)について、年頭にあたり大御所(徳川家康)に伺侯する全国の諸大名、諸宗の僧侶、大坂・堺・奈良・伏見・京都・長崎・江戸・駿河の町人等を詳述するのが特徴。また本往来は、江戸前期より明治初年に流布した寛文9年刊『江戸往来』の構成と内容と深い関わりがある。江戸前期に数種の板種が見られるが、底本は「抑駿河国府中与申者、多景一入無限、先東者、八幡・清水寺、愛宕山者峙巌松、諸木連枝、南者、滄海漫々無果…」で始まる本文を大字・3行・無訓で記す。また、識語に「慶長十七年孟春日、右之一巻者、於駿河国、間宮喜平次為覚書畢」とある。なお、本書から駿府およびその周辺の名所旧跡等の記述のみを抽出した簡略版に『駿府周覧』(謙堂文庫蔵)がある。なお、底本には「遯窩休翁居士遺物」の記載がある。 06地スルガジョウ(文政6年)★【往来物】35 SE00732
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★新用文章[新板用文障・新板用文章](明暦3年板等5種) 【作者】不明
¥10,560
★新用文章[新板用文障・新板用文章](明暦3年板等5種) 【判型】大本2巻2冊。収録順に縦265・256・240・274・265粍。 【作者】不明。 【年代等】明暦2年頃作。明暦3年刊。[江戸]松会板。 【備考】分類「往来物」。初板本および異板5種を収録(袋綴じ展開収録)。『新用文章(新板用文章(障))』は、江戸前期~中期に普及した初期用文章の典型。書名を異にする異板や異本、また改題本などが多数存在するが、本文のみの純然たる手本である明暦板系統と、頭書に絵抄・注釈を加えた寛文板系統の2種に大別される(それぞれ下巻第2状「借用申銀子之事」の末尾に「明暦二年」または「寛文二年」と記載)。明暦板系統は、上巻に「正月初て状を遣事」から「年の暮に祝を得たる時礼状之事」までの19通(大半が用件中心)、下巻に「家売券状之書様之事」以下4例の証文類文例と「諸道具字づくしの事」「着類字づくしの事」「編并冠字づくしの事」の語彙集に加えて「義経含状」(寛文板系統では削除されたり、「国尽」と置き換えられた)を収録する。いずれも、本文を大字・4行・付訓で記す。以上の例文は寛文板系統では書状数が若干減ったり配列が変更されたほか、消息例文中第7状の「かしく」、第10状の「恐惶かしく」といった書止が「謹言」「恐々」等に改められるなど、「かしく」の使用を意図的に排除した形跡も窺われる。さらに証文文例では寛文板系統では「売主誰」「請人誰」のように署名について注意を喚起するなど実用面での前進が見られる。今日知られる板種には明暦板系統として、(1)明暦3年・松会板(外題『〈江戸〉新用文章』)、(2)明暦頃・松会板異板、(3)明暦頃刊異板(少なくとも3種。うち一本の外題は『〈かわり〉新板用文章』)、(4)万治3年・山本板、(5)寛文6年・秋田屋板(外題『新板用文章』)、そして、これらを大幅に改めた改題本(6)江戸前期刊『〈新判〉新用字尽』の8種、また寛文板系統として(7)頭書注釈付き村田屋板、(8)頭書注釈付き異板(外題『〈大字〉新板用文章』)、(9)頭書絵抄付き村田屋板、(10)頭書絵抄付き異板の4種が見られ、このほか明暦板系統の改題本として『筆得要文春秋袋』(江戸中期・糸屋板)、また本書の影響を受けた用文章として正徳2年以前刊『至宝用文章』、正徳2年頃刊『万物用文章』、宝暦4年刊『新撰容文筆玉往来』、安永2年以前刊『〈新板〉万宝用文章』、江戸中期刊『新用文章』、文化5年求板『通宝用文章』、江戸後期刊『〈証文字尽〉用文章手習鑑』などが知られる。このように、本書は後続の類本に多大な影響を与えた江戸期最初の用文章として極めて重要である。 03消シンヨウブンショウ・シンパンヨウブンショウ(明暦3年板等5種)★【往来物】132 SE00246
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★風月往来抄[〈独講釈読方入〉風月往来](3種) 【作者】山岡元隣注
¥4,000
★風月往来抄[〈独講釈読方入〉風月往来](3種) 【判型】特大本または大本1冊。縦275・258・259粍。 【作者】山岡元隣注。 【年代等】明暦4年1月初刊([京都]三太夫板)。江戸中期再刊([大阪]浅野弥兵衛板)。 【備考】分類「往来物」。『風月往来』の注釈書の嚆矢、かつ本格的な唯一の注釈書。冒頭に「風月」「往来」の字義について述べた後、『風月往来』本文を長短含む50段に分かち、本文を大字・半丁6行大・付訓で綴り、続けて書簡用語など任意の語句について割注を施す。『寛文10年書目』によれば山岡元隣注という。『風月往来』の注釈書は稀で、本書のほかに江戸中期刊の京都・正本屋源次郎(玉水源次郎)板『風月往来』と大阪・天満屋安兵衛板『〈改正〉風月往来』(ともに頭書に注釈「風月往来抄」を載せる)の2種に過ぎない。 03消フウゲツオウライショウ・フウゲツオウライ-ヒトリコウシャクヨミカタイリ(3種)★【往来物】38 SE00316
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★累用字尽[新用字尽](2種) 【作者】不明
¥4,000
★累用字尽[新用字尽](2種) 【判型】大本1冊。収録順に縦265・263粍。 【作者】不明。 【年代等】江戸前期(明暦頃)刊。[京都]山本長兵衛板。 【備考】分類「往来物」。早印本と後印本の2種を全冊収録した。『累用字尽』は、「諸道具之事」「万着類之事」「万魚類之名〈并貝づくし〉」「万鳥之名之事」「万獣之名の事」「万木之名づくし」「万花之名づくし」「八百屋物づくし」「万虫の名づくし」の九分類の日常語集。語彙を大字・5行・付訓(ほとんど両点)で記し、諸道具等には数量呼称も付記し、適宜、同音異字を示す。また、巻末に「篇尽并冠」を掲げる。本書は江戸前期の語彙科往来中最も早いものの一つで、後続の『童学万用字尽』に少なからぬ影響を及ぼした。なお、早印本の原題簽に「新用字尽」とある。 02語ルイヨウジヅクシ・シンヨウジヅクシ(2種)★【往来物】39 SE00152
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〈尊円〉庭訓往来(明暦3年・2種) 【作者】伝尊円親王書(題簽角書による)
¥2,000
〈尊円〉庭訓往来(明暦3年・2種) 【判型】大本1冊。収録順に縦258・252粍。 【作者】伝尊円親王書(題簽角書による)。 【年代等】明暦3年10月刊。刊行者不明。 【備考】分類「往来物」。同板2種を収録。書名は後半の原題簽による。『庭訓往来』は、古写本のみで約70種、近世より近代初頭にかけての板本は約300種に上り、中世から明治初年に至るまで最も普及した往来物の一つ。月往返2通ずつ1年24通、これに単簡1通(7月状または8月状)を加えた計25通の手紙文より構成される。内容は、武家および上層・庶民の社会生活を中核として新年の会、詩歌の会、地方大名の館造り、領国の繁栄、大名・高家の饗応、司法制度・訴訟手続、将軍家の威容、寺院における大法会、大斎の行事、病気の治療法、地方行政の制度等を主題とする手紙で、各手紙とも類別単語集団を収める(衣食住370語、職分職業217語、仏教179語、武具75語、教養46語、文学16語、雑61語、計964語)。底本は上記本文を大字・7行・所々付訓で記したもの。手本系。 01古テイキンオウライ-ソンエン(明暦3年・2種)【往来物】48 SE00025
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対相四言雑字[魁本対相四言雑字](稀書複製会) 【作者】稀書複製会編
¥1,400
対相四言雑字[魁本対相四言雑字](稀書複製会) 【判型】半紙本1冊。縦196粍。 【作者】稀書複製会編。 【年代等】洪武4年(1371)7月刊(金陵王氏勤有蓋堂板)。大正9年7月複刻。[東京]米山堂板。 【備考】分類「往来物・辞書」。明の太祖の洪武4年(建徳2年(1371))刊の手本で、主に天地・草木・鳥獣・魚虫・家屋・家財・諸道具・楽器・衣類・武具・馬具・農具・身体に関わる語彙を集めており、単漢字に続けて2字熟語を配列する。わが国に移入された年代は明らかでないが、明暦頃に『魁本対相四言雑字』(全77句38語)として覆刻された。同書は「天・雲・雷・雨、日・月・斗・星、江・山・水・石、路・井・墻・城…」で始まる本文を楷書・大字・2行(1行8字)・無訓で記し、各漢字の左側に絵図を掲げる。さらに、文化4年にそれを和訳した『対相四言』(山田汝明注、柴野栗山書)が刊行されたが、この文化板でも、漢字1字ないし2字の日常語280語を絵図とともに列挙する(楷書・大字・付訓)。文政4年に『新刊四言対相』が刊行されたほか、『大阪出版書籍目録』によれば、既に天明3年頃に藤田徳右衛門編『対相四言』(大阪・和泉屋文助板)も上梓された。 02語タイソウシゲンザツジ・カイボン-(稀書複製会)【往来物・辞書】13 SE00109