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★女用千尋浜(安永7年)
¥3,280
★女用千尋浜(安永7年) 【判型】大本1冊。縦251粍。 【作者】浅田恒隆書。下河辺拾水画。 【年代等】安永7年刊。[京都]菱屋久兵衛ほか板。 【備考】分類「往来物」。袋綴じ展開収録(見開き図再掲)。前付4-7丁欠(落丁または飛び丁)。『女用千尋浜』は、「新玉の文」から「舛掛の文・同返事」までの75通を収録した女用文章。季節の挨拶状や寒暑の見舞状、また四季の行楽・娯楽に関する手紙、出産・育児や通過儀礼に伴う手紙などを主内容とする。本文を大字・6行・付訓の並べ書きで記す。頭書に五節句の記事や「女教訓唐和鑑」「源氏貝おほひ并歌かるた」「胎内をしへ草」「産前産後の養生」「当世衣類裁物仕様」「万しみものおとし葉」「万絹物張やう」「婦人諸病妙薬方」「当世染物仕やう」「男女あいしやう」等の記事、前付に「名歌八題集」や「婚礼相生式鑑」「小笠原女礼式并図」「祝言膳部くひやうの事」など婚礼関連記事を載せる。なお、本書前半41通を抽出して付録記事を改めた改編本『女文章教草』が天明5年に刊行された。SE03419
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女用文綾錦(安永9年仙台板・2種)
¥1,160
女用文綾錦(安永9年仙台板・2種) 【判型】大本1冊。収録順に縦260・264粍。 【作者】不明。 【年代等】安永9年6月刊。[仙台]伊勢屋半右衛門板。 【備考】分類「往来物」。同板2種を全冊、袋綴じ展開収録(見開き図再掲)した。ただし、前半所収本は破損4丁および落丁1丁があるため、後半所収本にて補った。『女用文綾錦(安永9年仙台板)』は、初春に遣す文」以下五節句・四季の手紙、また「いなかへ遣す文」や「平産の祝に遣す文」「誂えの染物を届ける文」など20通を収録した女用文章。ほとんどが散らし書きで、概ね大字・3~4行大・無訓の手本用に作る。巻頭に読書する婦人の図を掲げ、頭書に女子の教養・家政・化粧・礼法等や「年中行事」、また「庚申せぬ時の歌」「死人に逢ふ時の歌」などの呪いについて記す。SE03409
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★女年中用文章(『女万宝大和文林』改題本・2種)
¥7,400
★女年中用文章(『女万宝大和文林』改題本・2種) 【判型】大本1冊。収録順に縦252・254粍。 【作者】沢井随山作・書。下河辺拾水画。 【年代等】安永4年9月官許。天明7年1月新刻(刊記)。文化10年1月改題・求板。[京都]須原屋平左衛門板。 【備考】分類「往来物」。同板2種を全冊袋綴じ展開収録。うち1本は天明7年の刊記を付すが実際は文化頃の刊行と思われる。『女年中用文章』は、天明7年刊『〈女要躾方・伊勢物語・天明新刻〉女万宝大和文林〈女年中用文大全〉』の本文のみを抜粋した改題本。同書本文の全てを採って新たに目録を付した。「年の始の文」から「歳暮の文」までの86通を収録し、上・中・下の3部に分かち、上之部は四季・五節句の文と吉凶事に伴う文(病気見舞・婚礼祝儀等)から成る47通、中之部は吉凶事およびその他諸事に伴う手紙文9通、さらに、下之部で再び「初春の文」以下30通の四季・五節句、その他諸用件の手紙を掲げる。本文を概ね大字・6行・ほとんど付訓で記す。同一主題の文章を重複して収録するのは、上・中之部を主に上輩・貴人向けの手紙、下之部を同輩・下輩向けの手紙と想定して編んだためであろう。頭書に「伊勢物語」「源氏物語目録」、前付・後付に「女中言葉遣」「女の名つくし」「婚礼の本」「しみ物おとしやう」「七夕の歌」「九九の次第」「知死期繰やうの本」などの記事を載せる。SE03400
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〈童子専用〉寺子調法記(弘化3年・別本2種)
¥2,400
〈童子専用〉寺子調法記(弘化3年・別本2種) 【判型】半紙本1冊。収録順に縦225・224粍。 【作者】速水春暁斎画。池田尚古館校。 【年代等】安永5年1月初刊。弘化3年1月五刻・再刊。[京都]蓍屋宗八ほか板。 【備考】分類「往来物」。同板2種を全冊袋綴じ展開収録した。『〈童子専用〉寺子調法記』は、安永5年の初板本以来、文化5年、文政7年、天保3年、弘化3年、元治2年と幕末に至るまで六刻を数えた江戸後期の代表的な合本科往来。本文は「実語教」「童子教」「今川状」「腰越状」「商売往来」の5本から成り、いずれも大字・5~6行・付訓で記す。従来の合本科往来には付き物であった「庭訓往来」「御成敗式目」「風月往来」などを収録せず、また、『古状揃』中からも「今川状」「腰越状」以外を省いた点が独特である。頭書等に、「国尽」「名尽」などの基本語彙や「書初・七夕詩歌」「証文之事」「九々の声」等の記事、また、「謡講廻状」「当流小うたひ」「京町小路」など京都町人子弟の学習にふさわしい内容を簡潔にまとめるのも特徴。なお、本書からの抜刷本『〈童子専用〉実語教・童子教』が存するように、本書を部分的に流用した刊本も種々存したと思われる。SE03369
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★滝本二筆帖〈松花堂・宮本坊〉(安永10年)
¥2,000
★滝本二筆帖〈松花堂・宮本坊〉(安永10年) 【判型】特大本1冊。縦286粍。 【作者】松花堂昭乗(惺々坊・惺々翁・滝本坊)書。太気実樹(武村直平・南窓)跋。 【年代等】安永10年1月刊。[京都]大橋仁兵衛ほか板。 【備考】分類「往来物・書道」。袋綴じ展開収録。『滝本二筆帖』は、題簽に記載するように松花堂昭乗と宮本坊(詳細不明)の2人の書家の筆蹟を上梓した書道手本(薄墨の陽刻)。前半部は松花堂昭乗筆の詩歌で、末尾の書札が宮本坊の筆蹟と思われる。SE03354
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★〈教訓〉農業往来[農業状・耕作状](仙台板)
¥1,400
★〈教訓〉農業往来[農業状・耕作状](仙台板) 【判型】大本1冊。縦269粍。 【作者】不明。 【年代等】江戸中期(安永5年以前)刊。[仙台]柳川屋庄兵衛板。 【備考】分類「往来物」。『〈教訓〉農業往来[農業状・耕作状]』は、仙台で独自に編まれた農業型往来物。跋文に「右一帖は、幼農の輩に農具・五穀の名字、四時の風景、草木の栄枯、事物の文字をしらしめんが為に作れり。故に、当用俗字を以書之、文彩を勉めず」と記すように、農家子弟に必要な事柄を日用の俗字で綴った往来物。「大哉、農也。実国土之至宝与他之遊民不可同曰譚矣。抑、青陽之朝者、旧歳之堅凍漸和解閑旭、田家之烟隣々睦而朝夕賑敷、休息之鍬鎌は乾暖風之軒端…」と起筆し、「…農者、庶人之冒而、為天下国家之重宝、養生遂生之根本也。仍重之状如件」と結ぶ文章を大字・6行・所々付訓で記す。なお、底本表紙見返しに安永5年の記載あり。SE03326
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★〈改正増補・商家〉問屋往来(2種)
¥2,000
★〈改正増補・商家〉問屋往来(2種) 【判型】中本1冊。収録順に縦183・179粍。 【作者】長友松軒作。 【年代等】宝暦13年以前作。安永8年9月刊([江戸]伊勢屋治助板)。寛政6年6月再刊([江戸]鶴屋喜右衛門板)。 【備考】分類「往来物」。安永板と寛政板の2種を全冊袋綴じ展開収録(見開き図再掲)した。『〈改正増補・商家〉問屋往来』は、明和3年刊『〈甲谷〉問屋往来』とは別内容の往来物。単行版は安永板が現存最古だが、既に宝暦13年刊『新編書札指南』(長友松作・書)の頭書に見えるから、本書は明和3年刊『〈甲谷〉問屋往来』に先駆けて成立した『問屋往来』と考えられる。「京、江戸、大坂、長崎、松前、津軽、南部御客方、段々御出、数多之注文相渡、染地、地廻、反裁、播州、川西、姫路、周防、阿波印付等相調…」で始まる全1通の手紙文に見立てて、諸国の港や問屋の取引商品名(被服、小間物、紙類、生産道具、家財道具、雑具、絵具など)などを列挙する。本文を大字・五行・付訓で記す。巻頭に問屋商や荷船の図を掲げ、頭書に「諸職家名尽」「古銭図鑒」「十二月異名」「不成就日」「十干十二支」の記事を載せる。なお、文化14年板『御成敗式目』(江戸・鶴屋喜右衛門板)広告によれば、角書の「商家」は「あきびと」と読む。SE03324
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★〈頭書絵入・増割駄賃附〉東海道往来(安永4年)
¥1,400
★〈頭書絵入・増割駄賃附〉東海道往来(安永4年) 【判型】半紙本1冊。縦231粍。 【作者】寄居庵編。滕雪仙画。 【年代等】安永4年秋刊。[江戸]花屋久次郎(星運堂)板。 【備考】分類「往来物」。『〈頭書絵入・増割駄賃附〉東海道往来』は現存最古本。『東海道往来』は『宝暦4年書目』に見えるため宝暦4年以前の刊行の可能性が高いが、現存最古本は底本の安永4年板。内容は、「都路は、五十余にみつの宿、時得て咲や江戸のはな、浪静なる品川や、頓(やが)てこえくる河崎の、軒端(のきば)ならふる神奈川は…」で始まる七五調・文字鎖の文章で東海道五三次の宿駅名を列記し、最後に女文形式で「…はなのにしきの九重に、こゝろうきたつみやこそと、君の寿きいわゐたりけり。かしく」と結ぶ。花屋板の初板本は半紙本で、上記本文のほか、口絵に「亀戸天満宮」境内図、前付に「五性男女名頭字」、頭書に「東海道名所名物駄賃増」を載せる。再板本以降は中本仕立てとなり、口絵に「日本橋繁栄図」を掲げるなどの改編がなされた。本書には類書が多く、寛政9年刊『長雄都登』やその改訂版・文化7年刊『〈頭書街道名所名物・東海道〉都路往来』など、多数の江戸後期刊本が流布した。SE03225
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★角太河帖[角田川帖・隅田川往来](2種)
¥2,360
★角太河帖[角田川帖・隅田川往来](2種) 【判型】大本1冊。収録順に縦271・271粍。 【作者】大橋重政(長左衛門・小三郎)・篠田行休・田忠(椿山)書。 【年代等】安永8年6月書。安永8年6月、田循跋。安永8年8月、沢田東江(源鱗)序。安永8年9月、柴田汶嶺(芝田央・汶嶺)跋・刊。[高崎カ]青李館蔵板。 【備考】分類「往来物」。同板2種を全冊収録した(袋綴じ展開収録)。『角太河帖[角田川帖]』は、巻頭に大橋重政真蹟の書簡文1通と、篠田行休真蹟の教訓文(「父母に孝行に、法度を守り、謙り、不奢して面々の家職をつとめ、正直を本とする事…」で始まるもので、徳川頼宜作『父母状』とほぼ同文)を掲げた後で、田忠筆の「隅田川往来」を収録した陰刻手本。本文を大字・3-4行・無訓で記す。SE03206
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★猨山難波往来(2種)
¥2,000
★猨山難波往来(2種) 【判型】大本1冊。収録順に縦271・272粍。 【作者】猨山竜池(太平山人・滕周暁・巫江・不言斎・爽卿)書。 【年代等】安永6年初刊。江戸中期後印。[江戸]山崎金兵衛(山金堂)板。 【備考】分類「往来物」。同板2種を全冊収録した。『猨山難波往来』は、「奈似之負難波津の春の気色を御覧有へき御催のよし、うけ給り、御うらやま鋪御事に候。先、淀川を夜ふけにて御下り、八軒屋へ御揚り、夫より案内を御頼、神社・仏閣残なく、御順拝可被成候…」で始まる全文1通の女文で、難波の名所旧跡・寺社等を紹介した往来。大坂城・天王寺・一心寺・住吉神社から堂島・蔵屋敷・安治川湊・瑞賢山までの名所の風趣や名物・由来を順々に記す。後半に、「人に従ひわか身を後にして、ひとを先にするにはしかす」といった6状の教訓文を付す。SE03187
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★〈新版校正〉江戸方角(安永頃・池田屋板)
¥1,400
★〈新版校正〉江戸方角(安永頃・池田屋板) 【判型】大本1冊。縦230粍。 【作者】不明。 【年代等】安永頃刊。[江戸]池田屋伝兵衛板。 【備考】分類「往来物」。袋綴じ展開収録。『〈新版校正〉江戸方角』は、刊年を記さないが、『江戸方角[御江戸名所方角書]』の初期刊本の一つで、板元名から安永頃の刊行と目される。『江戸方角』本文を大字・4行・付訓で記した往来物。『江戸方角』は、「御城外東者、和田倉・八重洲河岸・竜口・呉服橋・日本橋・堺町・杉森稲荷・鎧渡・霊巌島・新田島・永代八幡・三十三間堂…」と筆を起こし、千代田城を中心に東・巽・南・未・申・酉・戌・亥・北・丑・寅の11の方角毎に江戸府内の地名・名所等を記した往来。地名・町名90、神社仏閣75、橋15、川3、その他6の合計189の地名を列記し、末尾を「凡、三十里四方之間、六拾余州之群集、誠日々富貴而万歳春、不可有際限候。恐惶謹言」と書簡風に結ぶ。SE03152
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本朝千字文〈傍注〉(3種・高精細)
¥2,180
本朝千字文〈傍注〉(3種・高精細) 【判型】大本1冊。収録順に縦263・253・249粍。 【作者】作者不明(後に貝原益軒作と仮託)。戸川後学注。 【年代等】安永4年2月初刊。[大阪]書物屋久蔵(渋川久蔵・興文館)ほか板)。田原屋平兵衛売出。『大阪出版書籍目録』によれば、[大阪]升屋彦太郎板、『江戸出版書目』によれば[大阪]田原屋平兵衛板。江戸後期再刊([大阪]敦賀屋九兵衛板)。 【備考】分類「往来物」。安永板1種と江戸後期後印本2種の合計3種を全冊収録した(前半2点は袋綴じ展開収録、最後の1点は通常収録)。『本朝千字文〈傍注〉』は、「日本開闢、謂国常立、弉冉二神、夫婦之根…」で始まる漢字4字1句・全250句1000字の「千字文」形式で、神代から徳川幕府成立までの日本歴史を概説した往来。伝説や実在の人物の逸話を中心に、大陸との交渉なども交えながら述べる。初板本は本文を3行・付訓で記し、各句の左側に3行程度の略注を施す。本文中に、日本武尊・仁徳天皇・光明皇后・安倍仲麿・融大臣(トオルノオトド)・朱雀院・安倍貞任・源義家・平清盛・牛若丸・源頼朝・朝比奈三郎・楠木正成・足利義満・雪舟・狩野古法眼・鬼上官・東山風景の18葉の挿絵を載せる。本文冒頭に「益軒貝原先生遺稿」と記し、見返に本書が貝原益軒の草稿に戸川氏が訓点・傍注を施した旨を述べるが、益軒作は仮託である。安永板以後、明治初年までに半紙本・中本・小本など各種体裁の『本朝千字文』が刊行された。SE03143
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★町家万躾方集[商家躾方]
¥2,000
★町家万躾方集[商家躾方] 【判型】半紙本1冊。縦223粍。 【作者】柳川屋庄兵衛(金華房)作・序。 【年代等】安永7年7月自序・刊。[仙台]柳川屋庄兵衛板。 【備考】分類「往来物」。袋綴じ展開収録。『町家万躾方集[商家躾方]』は、「神前へ拝礼の事」から「路地見様の事」まで合計101項に渡って諸礼躾方の基本を記した往来。「一、朝平明に起、口中を漱き、身心清々浄々として神前へむかひ、今日、家内安全、延命息災、悪事・災難を遁れ候様神拝すべし」で始まる壁書風の箇条を大字・6行・付訓で記す。江戸初期の『初学文章並万躾方』『小笠原流百箇条』より顕著な影響を受けた礼法入門書だが、『初学文章並万躾方』が武家中心の内容であるのに対し、あくまでも町家が日常に営む生活に即して記述するのが特徴。巻頭の金華房序文で、町家子弟が礼法を身に付けることの大切さを説き、続いて、目次と本文中の22項についての図解を掲げる。SE03112
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★〈絵入〉教訓竹馬歌[竹馬歌](2種)
¥2,000
★〈絵入〉教訓竹馬歌[竹馬歌](2種) 【判型】大本1冊。収録順に縦265・257粍。 【作者】藤井懶斎(藤井臧・伊蒿子・真名部忠庵・真鍋忠庵)作。木田己跋。写本の挿絵は潜渓先生画。 【年代等】安永3年1月刊記、安永3年5月刊。[大阪]田原屋平兵衛(抱玉堂・抱玉軒)板。 【備考】分類「往来物」。安永板と江戸後期写本の2種を全冊収録した(刊本は袋綴じ展開収録)。『〈絵入〉教訓竹馬歌[竹馬歌]』は、童蒙の心得になるべき事柄を詠んだ教訓歌を集めた往来物。「人は唯いとけなきより誠しく、たゞしき道を見聞てぞよき」以下103首を載せる。孝行・忠義を中心に人倫全般を諭す。本文をやや小字・8行・付訓で記す。なお、写本の挿絵12葉(刊本は2葉)は全てオリジナルで、手彩色されている。SE03101
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★〈士農工商〉童子要字海絵抄(高精細)
¥2,000
★〈士農工商〉童子要字海絵抄(高精細) 【判型】半紙本1冊。縦229粍。 【作者】不明。 【年代等】江戸中期(安永頃)刊。[大阪]糸屋市兵衛ほか板。 【備考】分類「往来物」。袋綴じ展開収録。『〈士農工商〉童子要字海絵抄』は、職業別に日用語を集めた①「農家用文字尽」(柱「士農」)と②「商家文字尽」(柱「工商」)、また、手紙用の日常語を集めた③「書札要字集」(柱「要字」)からなる語彙科往来。①は、地之部、人倫之部、諸道具之部、雑之部、米穀・菜瓜之部の6部に分け、語彙を半丁に7行・付訓(稀に左訓)で掲げ、適宜割注を施す(特に「地之部」は語彙のほとんどに割注を付す)。本文の途中に挿絵数葉を施すほか、頭書に「武用文字尽」や挿絵、冒頭に「仁徳天皇御製」「神武天皇故事(武用の起源)」、末尾に「破軍星」の記事を載せる。②は見出しのない商家用語、衣服・織物・染色、食物之字尽、魚・鳥・貝・虫尽、草木字尽の5部毎に掲げる(7行・付訓(稀に左訓)で、少ないが一部割注も施す)。頭書には「諸職用字尽」と挿絵、冒頭に「鍛冶・番匠」「商いの起源」、末尾に「間尺之図」と関連記事を掲げる。③書簡用語集で、ほぼ手紙の書き出しから結語までの流れに沿って要語・要句を8行・付訓で掲げ、稀に左訓や割注を施す。本文中に挿絵数葉を掲げ、頭書に、一文中に謡の番組名を多数織り込んだ「謡番組文章」と挿絵、冒頭に「王仁来朝」「天武天皇」「仮名の由来(弘法大師故事)」、末尾に「文字来源」「五音口中開合」の記事を掲げる。なお上記①~③は、同時期の他の往来物にも随時合綴された形跡がある(例えば③は刊年不明、糸屋市兵衛板『用文章手形鑑』の巻頭に収録されている)ほか、一部収録内容を変更した『商家万宝要字海』も刊行されている。SE03031
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★三教裸ばなし[俗三教裸話](2種)
¥4,080
★三教裸ばなし[俗三教裸話](2種) 【判型】半紙本2巻1冊。収録順に縦226・225粍。 【作者】溝口敬明(武兵衛)編・序。 【年代等】宝暦9年7月自序。安永2年9月刊。[大阪]松屋久左衛門ほか板。 【備考】分類「教訓」。同板2種を収録(前半は袋綴じ展開収録、後半は通常収録)。『三教裸ばなし[俗三教裸話]』は、ある友人の、日々多忙の家業の暇に「速に安心(アンジン)すべき教も有哉」と再三にわたって問われた作者が「簡易にして、まづ悟るべきこと」や「稍(ヤヤ)道の端的を知(シル)階梯」を書き綴った教訓書。しばしば道歌を引いて平易に説く。上巻は、冒頭で道を聞き学ぶことの重要性や人として人の道を知るべきこと、西方十万億土や極楽浄土、南無阿弥陀仏の意味、真の仏、唯心の浄土、仏の和訓(火水気(ホトケ))、宗旨と一仏、奇特、天地の陰陽、女人往生、仏壇、命長ければ恥多し(『徒然草』)などについて述べる。また、下巻では、孟子が『中庸』で説いた「天命之謂性(天の命、これを性と謂う)」や、神・儒・仏の三教が共に「道を学ぶ目当」であることを詳しく諭す。続いて、狐・狸の厄、俗人が学ぶべき近道の教え、鳥獣と人の欲の違い、釈尊生誕の月について述べた後、十二月の和名について詳述し、最後に天道を悟る要点を論じて、本書の多くは「仏教をさとる階梯」を記したものだが、本書の主意は、「唯まことの道をさとり、至善にとゞまる」ことにあると述べて結ぶ。 SE02990
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渾天義解[渾天儀解]
¥700
渾天義解[渾天儀解] 【判型】大本1冊。縦264粍。 【作者】及川徳行書。 【年代等】安永2年3月書。 【備考】分類「天文」。渾天儀の解説書。「渾天儀」とは、古代中国の天文観測装置。地平線およびそれに直角に交わる子午線、天の赤道や黄道などを表す目盛付各円環を組み合わせたもの。赤道環や黄道環を回転させて、天体の位置や運行を観測する(コトバンク)。仙台市天文台HPによれば、国内には約40台の渾天儀が伝わるが、実際に天体観測に使用されたものは1台のみで、ほとんどが天空の模型として使われた。 SE02930
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こよみ指南[暦指南抄]
¥700
こよみ指南[暦指南抄] 【判型】中本1冊。縦180粍。 【作者】伊藤存真(長倉)作・序。 【年代等】安永5年11月自序・初刊。江戸後期再刊。[江戸]山口屋藤兵衛板。 【備考】分類「暦」SE02917
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御法度書(安永9年)
¥1,000
御法度書(安永9年) 【判型】大本1冊。縦269粍。 【作者】不明。 【年代等】宝永元年制定。安永9年3月書。 【備考】分類「法制」。宝永元年の御法度書(五人組帳前書)の写し。信州佐久郡大沢村。SE02900
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見聞独歩行[〈見聞〉独歩行](1-2編・2種)
¥2,120
見聞独歩行[〈見聞〉独歩行](1-2編・2種) 【判型】大本1冊。収録順に縦261・254・259・257粍。 【作者】洛西乞士(大円)作。長安乞士円序。 【年代等】初編:安永7年2月初刊。寛政元年8月再刊([大阪]加賀屋善蔵板)。2編:安永9年4月刊([京都]吉田平兵衛ほか板)。 【備考】分類「仏教・教訓」。初編と2編をそれぞれ2種ずつ収録(それぞれ最初の1本が袋綴じ展開収録)。本書は、問答体で神儒仏三教や心法(精神の修養法)の趣を諭した書で、2編2冊から成る。初編は、ある人が著者に「仏法とは平常の心懸けが大事との事で御座るが、この様に心懸けましたらばよう御座りましょう」と尋ねたのに対し、「何が仏法の大意じゃと平常心にとめて力を入れて修行すると後には天地一枚の工夫になった自然と熟して大意が知れます……」と答え、締め括りに「雪霜に囲まれてとけとけて、またひらかでならぬ白梅の花」の一首を掲げるように、問答の所々に道歌も交えながら平易に説く。このような形式で、儒仏神の優劣如何について、種々の宗門が存在する理由、昔の人と今の人の根気、仏心の奇特、仏心の自在、安心を得る方法、地獄と極楽その他について述べる。 SE02699
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瘈狗傷考[叢桂亭随筆之一]
¥1,000
瘈狗傷考[叢桂亭随筆之一] 【判型】大本1冊。縦254粍。 【作者】原南陽(昌克・子柔・玄璵)作。 【年代等】安永10年2月、埼允明(淡園)序。天明3年冬、立原萬(翠軒)序。寛政8年再刻(叢桂亭蔵板)。文政3年3月、深川水田荘(王荘・子敬)跋・再刊。[江戸]英平吉郎(万笈堂)板。 【備考】分類「医学」。病犬に噛まれた時の薬方・灸法・民間に伝わる禁忌などを述べた書。後半の附録で、毒蛇・毒虫・鼡に噛まれた時の治療法にも言及(病犬に嚙まれた時の薬方・灸法・刺法薬忌治験等、また、附録に毒蛇・諸虫毒鼡咬等の即妙の方法を挙げ救急回生術書)。安永8年再刊『〈東藻会彙〉地名箋』の広告に「瘈狗傷考、南陽原先生著、全一冊、病犬ニ噛タル薬方、灸法、刺法、禁忌、治験ニ至ル迄、其術ヲ著ス。附スルニ毒蛇・諸虫・毒鼠咬等ノ即妙ノ方法ヲ挙グ。救急回生ノ珍書ナリ」と紹介されている。 SE02656
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君道
¥2,000
君道 【判型】大本1冊。縦270粍。 【作者】荀子(蘭陵荀卿子)作。入江北海(貞・子実)注・序。藤堂高敦序。沢田東江(源鱗)書。【年代等】安永9年秋、藤堂高敦序。同年8月自序・刊。[江戸カ]愚谷園蔵板。 【備考】分類「漢学・政治」。序第1丁欠。入江北海は出羽生まれで江戸に出て入江南溟の養子となり、後に伊賀上野藩儒となる。藤堂高敦は伊勢・久居藩藤堂家第7代当主。SE02645
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熊野遊記・熊野名勝図画(2種)
¥3,360
熊野遊記・熊野名勝図画(2種) 【判型】大本3巻3冊(熊野遊記1巻、熊野名勝図画2巻)。収録順に縦262(天・地)・270(人)・273(改装本)粍。 【作者】北圃恭(キタバタケヤスシ、仲温・北圃恪斎カクサイ・須原屋茂兵衛)作。 鈴木芙蓉(老蓮・木芙蓉・芙蓉木雍ボクヨウ)画。 【年代等】安永3年春、太室井孝徳序。寛政12年9月、芙蓉木雍跋。寛政13年1月刊。[江戸]須原屋茂兵衛板。 【備考】分類「紀行・地誌」。原装取り合わせ3冊本と改装本の2種を全冊収録した。『熊野遊記・熊野名勝図画』は、安永2年8月、紀州湯浅より熊野に遊んだ際の漢文体紀行文。同行者は隣郷の真宗僧積門離染とその女阿歌及び従者1人。行程は、8月12日:出立、湯浅より博川、井関村、河瀬村、原谷村、塩屋村(泊)、13日:白河帝行宮趾、上野村、印南村、切目村、千里浜、南部村(泊)、14日:境村、牛鼻、田辺、三栖村、鍵岩、芝村(泊)、15日:高原阪、十条村、野中村(泊)、16日(本文では「十五日」に誤る):赤城村、湯川村、茨城、湯峰村(泊)、17日:無音里、本宮村本宮、(熊野川を舟行、以上上巻)、新宮(泊)、18日:西谷、佐野、宇久井、太池崎、赤色浜、那智(泊)、19日:大悲閣、雲鳥阪、妙法嶺、地蔵茶坊、石堂村、小口村(泊)、20日:川合村、請川村、本宮(泊)、21日:高原(泊)、22日:三栖阪、芳養村、岩白(泊)、23日:小松原、博川、湯浅(帰宅)。名所旧跡の歴史譚を交えつつ、風景・風俗や見聞を描写する。巻2・3は「図画」で、名勝風景の写生画集。末尾に、描かれた地名についての解説を付す。著者は江戸の大書肆須原屋茂兵衛(刊行時の須原屋の先々代)で、郷里の湯浅にも家があった。天明2年没、52歳。序によれば、名勝地である熊野に記が無いために、渋井太室が勧めて記文を作ったもの。跋によれば、絵は著者没後に子の須原屋主人の依頼により鈴木芙蓉が熊野に出かけて写生したが、寛政11年に主人が没したため、翌年夏にその子(著者の孫)が江戸に来た際に絵を託したという。なお、旅行の年は、本文に「今茲丁巳之秋」とあり、丁巳は寛政9年であるが、安永3年春の渋井太室序に著者が「懐記来謁」とあり、その前年の安永2年癸巳の誤記と推定した(西尾市岩瀬文庫・古典籍書誌DB)。SE02634
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くず花[葛花](3種)
¥2,840
くず花[葛花](3種) 【判型】大本2巻2冊。収録順に縦264・261・261粍。 【作者】本居宣長作。市岡孟彦跋。 【年代等】安永9年作。享和3年1月刊。市岡孟彦蔵板。[名古屋]永楽屋東四郎(東壁堂)板。 【備考】分類「国学」。後印本など3種を収録した。このうち冒頭の1本には「文政十亥年晩秋求之」の記載あり。『くず花(葛花)』は、市川匡麿(多門)の『直毘霊』批判(『まがのひれ』)を詳細に反駁した書。「葛花」の書名は、漢籍の毒酒の酔いを除去する薬草の意味。宣長の古道論を知るうえで不可欠の書。本書を契機にさらに論争が激化した。『まがのひれ』における宣長の儒教並びに聖人の排除、天照大御神を祖とする皇統の賛美、皇国優越の主張、『古事記』『日本書紀』所伝への盲従、老荘の自然説の影響などの指摘批判に返答したもの。宣長は、本書で再度皇統の尊厳と皇国の優越を説き、「記紀」の伝えの信ずべきこと、儒教および聖人の有害無益なる所以等を述べ、儒教に対抗しての老荘の自然と儒教渡来以前の神の道の自然とは自ずから異なるとの反論を為した(「日本古典文学大辞典」参照)。SE02624