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★長防臣民合議書[防長臣民合議書](長州藩)
¥1,400
★長防臣民合議書[防長臣民合議書](長州藩) 【判型】半紙本1冊。縦226粍。 【作者】宍戸璣(シシドタマキ、山県半蔵)作(起草)。 【年代等】元治2年11月刊記。慶応2年1月起草・刊。[山口]長州藩蔵板。 【備考】分類「往来物」。全冊袋綴じ展開収録。『長防臣民合議書』は、1866年1月4日、宍戸璣によって起草され、萩の土原で80万部が木版印刷され、長州藩領内に配布された書物。長州藩は寺小屋が多く、識字率は高く、ほぼ全戸に配布された。 【概要】禁門の変により朝敵となった長州藩は武家官位を剥奪され、周防・長門を支配する正当性を失った。そのため「日本国長州藩」ではなく「長防臣民国」という独立国家という体裁をとっていた。長州藩は幕府の討伐軍を迎えるに至り、藩士だけでなく百姓に至る領内各戸に本を配布した。容量は20ページ、製本数は36万部。各戸配布に至った背景には、国内第2位の寺子屋数(約1400)を有し、識字率が高かったことが挙げられる。この合議書には「のちの世の中に志があやまって伝えられないように、すべての人がこの文書を懐に入れ戦場に立つ」という記述があるように、討伐により長州藩が改易されようとも領民に事実を伝え、語り継がせようという思惑も窺える。 【内容】赤穂事件において赤穂藩の浪士たちが改易後に浅野長矩の私怨を晴らすために討ち入りを行った例を挙げて、皇国のために働いた結果、冤罪で朝敵とされた藩主毛利敬親のために長防臣民は七生報国の忠義を尽くすべきである、という内容や、戦争の正当性、戦争の目的を領民に説いている。 【結果】従来は藩内の「士」(士族と義勇兵のみ)が危機意識を抱いていた状態であったが、「民」(領民)にも危機意識が芽生えた。民衆の不満は長州藩の支配層から幕府に向けられ、古来より多発していた領内一揆が収まるという効果を発揮した。個人単位では長州征伐において領民の志願兵増加、物資・駐屯地提供、諜報活動の協力などの活動が盛んに行われた(Wikipedia参照)。/長州藩が戦争の覚悟を宣言した印刷物。高杉晋作の下関挙兵が成功して諸隊側が政権を掌握した長州藩では、慶応元年(1865)3月、幕府へ謝罪の態度を示しつつ攻撃されれば戦うという「武備恭順」の方針に統一する。これを知った幕府は同年4月、再び長州征討を布告した。この「長防臣民合議書」は宍戸備後助(璣)が起草したもので、翌年3月、36万部を印刷して藩内に配布したという。この書では、ペリー来航以来、朝廷・幕府に忠節を尽くした藩主父子が、「朝敵」になったことの冤罪を訴える。また、後世への誤伝がないよう、兵士全員がこの書を懐に入れ、討死の覚悟で戦場に立つようにと結ぶ(文化遺産オンラインHP参照)。/【木活字版と製版について】印刷された「長防臣民合議書」には楷書片仮名書の木活字版と、草書体で彫られた製版(木版)の2種類がある。36万部刷ったというのは誇張された数字のようだが、大量に刷られたのは事実である。 【印刷部数】第2次長州征討(四境戦争)に備え宍戸備後助(宍戸璣 山縣半蔵)が起草し、藩内で配布されたもの。内容は、長州藩の朝廷への忠節を説き、今は朝敵の汚名を受けているが、全員一致協力してこの冤罪を晴らそうと訴えたもの。冒頭に36万部刷ったと記されているが、実際は数千部の印刷だったといわれている(山口図書館所蔵資料HP参照)。/第2次幕長戦争を間近にひかえた慶応2年(1865)3月、長州藩は自らの正当性を強くアピールするために、「長防臣民合議書」という冊子を大量に印刷し、藩の内外に配布した。そこでは、黒船来航以来、長州藩が一貫して朝廷および幕府に忠誠を尽くしてきたことや、それにもかかわらず「朝敵」となっている現状に対する憤りが理路整然と述べられている。また、この汚名を晴らすために、一致団結して幕府と対決する覚悟も記されている。これを起草したのは、当時、広島で幕府との折衝に当っていた宍戸璣(備後助)である。同年1月4日付の山田宇右衛門らにあてた書簡の中で、「藩内が一致団結し、少しの隙間もない姿を藩外に見せることが必要」、「すぐに刊行して藩内はもとより他国へも配りたい」、「早くしないと間に合わない」、「写本では効果が薄いため、印刷をする」、「刊行されたら藩内は後回しにしても、先に藩外に配りたい。広島には40~50冊送って欲しい」と述べている。情報の力を利用して幕府との交渉を有利に進めたいという、長州藩の思惑が見て取れる(山口県文書館HP参照)。 ◎禁無断転載・複製SE03356
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★〈名所〉女江戸方角(柴宮輝山)
¥2,000
★〈名所〉女江戸方角(柴宮輝山) 【判型】大本1冊。縦260粍。 【作者】柴宮輝山(信親・泉堂)書。 【年代等】元治元年11月書・刊。[江戸]大和屋作次郎(衆芳堂)板。 【備考】分類「往来物」。『〈名所〉女江戸方角』は、天保11年刊『女江戸方角』とほぼ同じ本文を大字・4行・付訓で綴った往来物。天保板の本文に若干の補訂を加えたほか、天保板にあった頭書等の記事を一切省いた。内容は、「夫、大江戸の街(チマタ)をいはゝ、其数八百八町にわかれ、先、東は和田倉、八代洲河岸、雨雲襲ふ竜の口、綾とりかけし呉服橋、わたり初たる日本ばし、月と花との堺町、脱し鎧の渡ぶね、霊岸島に万代を今ぞ伝えむ亀嶋や…」で始まる七五調の文章で江戸府内の地名のあらましを綴る。SE03163
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〈四民重宝〉道具字引図解[〈諸民重宝〉道具字引図解](初・2編・2種)
¥2,920
〈四民重宝〉道具字引図解[〈諸民重宝〉道具字引図解](初・2編・2種) 【判型】中本2巻2冊。収録順に縦183・181・182・180粍。 【作者】柳河春三(又玄斎南可・楊江・暾・春蔭・喫霞楼仙客)作・画・序。 【年代等】元治元年春自序・刊。[江戸]大和屋喜兵衛(宝集堂)板。 【備考】分類「往来物」。初編・2編の同板別本も全冊袋綴じ展開収録(見開き図再掲)した(初編の1本は第23丁が落丁のため、別本にて補った)。『〈四民重宝〉道具字引図解』は、『商売往来絵字引』と同様の手法で「神儒仏、朝武、農工商民家の用具、日用の器財」に関する極めて多くの語句を挿絵・略注とともに列挙した往来。初編は、公卿官位・女官が用いる衣冠束帯、十二単その他の衣装関連の語彙から始まり、文房具、舞楽・芸能、武家要用の武具・甲冑・陣中具・城郭・馬具、さらに番匠・左官・木挽・家根匠・瓦師・石屋・鍛治・鋳物師、その他諸職人に必要な諸道具名までを掲げる。続く二編では、「民家之四季業用活計の器財・雑具者…」と筆を起こして、「時計・額・軸物…」以下、主に商家日用の家財・諸道具、手回り品、文具、食器、調理具、その他日用品を前半で紹介し、後半には農民に必要な耕作・農具・用水施設、農家女性向きの機械・養蚕、また、神社・仏閣、修験山伏、さらに、船舶、漁業、猟師等の語彙までを収録する。両編とも本文を大字・四行・付訓で記し、巻頭に色刷り口絵を掲げるほか、若干の記事を付す。SE03029
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〈方鑒秘用〉三元図解
¥3,580
〈方鑒秘用〉三元図解 【判型】大本5巻5冊。縦250粍。 【作者】松浦越後(佳宝)作・序。松浦最陽・松浦幸年・松浦宗方校。 【年代等】弘化2年5月、松浦鶴洲(幸最)序。元治元年春補刻・校正。元治元年6月自序・刊。[京都]長生館蔵板。[京都]田中屋専助ほか売出。 【備考】分類「占卜」。袋綴じ展開収録。三元に関する諸説を述べ、図解を施した書。全5巻から成り、巻1は、「河図大衍之図説」「洛書宅位之図説」「地理井田之説」「宅舎井田之説」「四神相応永昌之図説」「本命星之説」「正気方之説」「剋気方之説」「納音五性之起例」「的殺之説」「暗剣殺之説」「五黄殺之説」「歳破之説」「大金神姫金神之説」「三元図局繰挌」、巻2は「上元九星図局」、巻3は「中元九星図局」、巻4は「下元九星図局」、巻5は「月家九星図局」「月破之説」「吉神天道之説」「吉神天徳之説」「吉神月徳之説」「吉神生無?之説」「吉神凶神会宮之分」を収録する。なお、「三元」は本来、歳・日・時の始め(元は始の意)である正月1日を指したが、六朝末期には道教の祭日である上元・中元・下元を意味し、それぞれ正月・7月・10月の15日を指すようになった。天官・地官・水官のいわゆる三官(本来、天曹(てんそう)すなわち天上の役所を意味したが、しだいにいっさいの衆生とすべての諸神を支配する天上最高の神となる)がそれぞれの日、すべての人間の善悪・功過を調査し、それに基づいて応報したという(コトバンク)。 SE02995
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御条目(元治2年)
¥1,400
御条目(元治2年) 【判型】特大本1冊。縦319粍。 【作者】不明。 【年代等】元治2年書。「五人組帳前書」。使用地域不明。 【備考】分類「法制」。SE02856
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花鳥山水図式[〈花鳥山水〉細画図式]
¥2,880
花鳥山水図式[〈花鳥山水〉細画図式] 【判型】横本7冊(江戸板2-5編4冊、明治板1-3編3冊)。江戸板:縦123粍、明治板:縦117粍。 【作者】葛飾為斎(清水為斎)画。初編:金水山人序。2編:山々亭有人序。3編:晋永機序(元治元年2月序)。4編:松川主人序。5編:港崎可酔翁(小栗永吉*東小歌創始者)序。 【年代等】初編:嘉永2年刊。2編:文久元年4月作・刊。3編:文久3年10月作。元治元年刊。4編:元治元年10月作・刊。5編:慶応元年5月作・刊。慶応2年再刊([江戸]山城屋佐兵衛板)。明治初年再刊(白楽圃板)。 【備考】分類「絵画」。葛飾北斎の流れを汲む門弟の画譜。SE02347
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海陸道中画譜
¥2,000
★海陸道中画譜 【判型】中本1冊。縦180粍。 【作者】歌川貞秀(橋本誠・玉蘭斎・五雲斎・五雲亭・寿山)作・画・序。 【年代等】元治元年10月自序・刊。[江戸]菊舎幸三郎(金堂幸堂)板。 【備考】分類「画譜」。全頁色刷り風景図。SE02289
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英米通語[飛良賀奈英米通語]
¥1,000
英米通語[飛良賀奈英米通語] 【判型】中本1冊。縦182粍。 【作者】不明。 【年代等】元治元年刊。[横浜]師岡屋伊兵衛板。 【備考】分類「外国語」。万延元年刊(清水卯三郎蔵)『ゑんぎりしことば』の単語部分の抜刷改題本。『飛良賀奈(ひらがな)英米通語元冶改板』(全26葉、183×127mm)は元治元年(1864)に横浜弁天通五丁目の師岡屋伊兵衛によって出板された。 全編平仮名で、英語の読みは片仮名である。分類名は異なるが、『ゑんぎり志ことば』の単語の部を、そっくりそのまま復刻したと言われるだけあって同じとみてよさそうだ。なお、『英米通語』が既に出板されていて、その元治改板ではなく、『ゑんぎり志ことば』の改板として認知されているようだ。実はここで問題がある。「数の部」は清水卯三郎の『ゑんぎり志ことば』においては3.5葉と3行にわたり、日本語の数字に対して算用数字と片仮名によるその英語読み、ローマ数字まで添えてあると云う至れりつくせりの表示。流石、最先端をゆく商人として面目躍如といったところ。それが、『英米通語』では、半葉と4行にスペースが極端に短縮され、日本語の数字に片仮名の英語読みを添えてあるだけで、あの素晴らしい表示は全く姿を消している。しかも、例えば「十五ハイフテイン」、「五十ハイフテイン」で「-teen」「-ty」の区別が出来ていない。何故「数の部」すべてを書きかえてまで間違いを導入したのだろうか。改悪のための改板とは理解に苦しむ。またこのような異変に言及した文献が見当たらないのも不思議である(文明開化と平仮名英語HP)。SE02057
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〈絵入訓読〉阿弥陀経講釈[阿弥陀経絵入註解]
¥2,000
★〈絵入訓読〉阿弥陀経講釈[阿弥陀経絵入註解] 【判型】中本1冊。縦177粍。 【作者】藤村秀賀(鶴亭・光朝)注・序。橋本貞秀(玉蘭斎)画。野口晋松堂書。 【年代等】元治元年8月作。慶応2年5月刊。[江戸]山崎屋清七(山静堂)板。 【備考】分類「仏教」。第29丁重複。SE01864
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〈手本〉武家法度・武家要文(野口晋松堂) 【作者】野崎楓村作
¥2,120
★〈手本〉武家法度・武家要文(野口晋松堂) 【判型】中本1冊。縦175粍。 【作者】野崎楓村作。野口晋松堂書。 【年代等】元治元年刊。[栃木]升屋浅吉板(後印)。 【備考】分類「往来物」。本文第34丁落丁。袋綴じ展開収録。『〈手本〉武家法度・武家要文』は、天明7年9月の『武家諸法度(天明令)』と武家用例文集の『武家要文』を合綴した往来物。元治元年4月刊『武家要文制禁抄』の改題本で、合綴順序が前後逆である点と、序文を欠く点が異なる。ただし、底本には「元治元年八月」の書き入れがあることから、短期間のうちに改編されたものと考えられる。また後半の『武家要文』には「新年祝儀状」以下、武家用向け書状28通を収録するが、領内飢饉の緊急措置、朝鮮国からの献上品、酒造米統制など国内外の公務に伴う例文も散見される。本文を大字・4行・付訓で記す。 SE01472
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武家諸法度(野口晋松堂) 【作者】野崎楓村作
¥700
武家諸法度(野口晋松堂) 【判型】中本1冊。縦184粍。 【作者】野崎楓村作。野口晋松堂書。 【年代等】元治元年頃刊。[大阪]象牙屋治郎兵衛ほか板。 【備考】分類「往来物」。袋綴じ展開収録。本書は、野崎楓村作、元治元年刊『〈手本〉武家法度・武家要文』のうち、前半部の武家諸法度のみの抜刷本。天明7年9月の『武家諸法度』を大字・4行・付訓で記す。 SE01469
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商売往来絵字引(初編・単色刷・3種) 【作者】柳河春三(又玄斎南可・楊江・暾・春蔭・喫霞楼仙客)作・序。長谷川実信(信天翁)・歌川広重2世画
¥1,240
商売往来絵字引(初編・単色刷・3種) 【判型】中本1冊。収録順に縦179・182・181粍。 【作者】柳河春三(又玄斎南可・楊江・暾・春蔭・喫霞楼仙客)作・序。長谷川実信(信天翁)・歌川広重2世画。 【年代等】元治元年頃刊。[江戸]大和屋喜兵衛板。 【備考】分類「往来物」。初編3種を収録(冒頭のみ全冊、袋綴じ展開収録)。元禄7年刊『商売往来』本文のほとんどの語句に図解と割注を施した、庶民の生活図鑑とも言うべき往来物。各丁とも大字・4行・付訓の本文に、語句に続けて図解等を挿入する。5~10色の多色刷りにした諸本もあるが、底本はいずれも単色刷りで、その大半に平易な略注を施す。本書には異板が多く、又玄斎南可の序文を付さないもの、狭川半水の序と長谷川貞信画の「士農工商図」等を付すもの、小型化したものなど様々ある。 SE01428
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★〈手本〉武家法度・武家要文[武家諸法度・武家要文] 【作者】野崎楓村作。野口晋松堂書
¥4,080
★〈手本〉武家法度・武家要文[武家諸法度・武家要文] 【判型】中本1冊。縦174㎜。 【作者】野崎楓村作。野口晋松堂書。 【年代等】元治元年刊。刊行者不明([江戸]万笈館カ)。 【備考】分類「往来物・法制」。書名は別本原題簽による。また別に[栃木]升屋浅吉板(後印)がある。本書は、天明7年9月の『武家諸法度』と武家用消息例文集『武家要文』を合綴した往来。元治元年4月刊『武家要文制禁抄』の改題本で、合綴順序が前後逆であるのと序文を欠く点で異なる。ただし本書には「元治元年八月」の書き入れ本(小泉本)が存することから、短期間のうちに改編されたことが明らかである。後半『武家要文』には、「新年祝儀状」以下、武家用向け書状28通を収録するが、領内飢饉の緊急措置、朝鮮国からの献上品、酒造米統制など国内外の公務に伴う例文も散見される。本文を大字・4行・付訓で記す。 08社ブケハット・ブケショハット・ブケヨウブン-テホン★【往来物・法制】51 SE01049
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★収納往来
¥2,800
★収納往来 【判型】特大本1冊。縦283粍。 【作者】不明。 【年代等】元治元年1月書。 【備考】分類「往来物」。「当村田畑高、入出作高、何町何反何畝何歩何石何、計何升稲生御巡見、検地、歩苅、御免相、目録、早稲、収納、厚並、俵買、納掉、常和三、夫食相場、本途、社倉、米、金銀、方足、前銭、三役、山役、小割物…」と筆を起こし、年貢収納に関する語句を列挙した往来。現存本は本文を大字・2行・無訓で記し、末尾若干を欠く。名主(庄屋)などの村役人子弟が年貢の割当・徴収や農村経営に関する用語を学ぶために編まれたもので、「肝煎、地首、長百姓相見立合、目揃大概石高考へ逐一帳面に識…」「松山之山守験分、兼而無油断遂吟味、若又、有盗伐者は村中相集、相談評定之上、致穿鑿、黒印申請…」「不図、霖雨、地震、岸崩、破損之時者、普請入用積、堰間数、堀之幅、屋敷之居木…不時之公用無滞勤之…」のように若干の心得も含む。 08社シュウノウオウライ★【往来物】25 SE00976
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★〈御家〉花鳥往来(柴宮輝山・2種) 【作者】柴宮輝山(ショウ泉堂)書
¥4,000
★〈御家〉花鳥往来(柴宮輝山・2種) 【判型】大本1冊。収録順に縦261・260粍。 【作者】柴宮輝山(ショウ泉堂)書。 【年代等】元治元年11月刊。[江戸]大和屋作次郎板。 【備考】分類「往来物」。同板別本も抄録した。本書は、文化元年刊『〈市川〉花鳥往来』のうち巻末の詩歌を除いた本文を大字・4行・付訓で記した手本。『〈市川〉花鳥往来』は、宝暦13年刊『花鳥往来』と同内容(語句に小異あり)の本文を大字・3行・無訓で綴った手本。「鳳暦之御慶千祥万悦、猶更申弘候畢…」で始まる新年祈祷連歌の案内状から歳暮祝儀状まで、年中行事や季節にちなんだ消息文12通からなる。ただし、宝暦板末尾の消息3通と詩歌4編に替えて、別の詩歌8編を収録する。また、文化板では単に「月日」とあったものを「正月日」「二月日」などとした点や、本文に振り仮名を施した点で異なる。 03消カチョウオウライ-オイエ(柴宮輝山・2種)★【往来物】36 SE00185
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道具字引図解[〈四民重宝〉道具字引図解](初・2編) 【作者】柳河春三(又玄斎南可・楊江・暾・春蔭・喫霞楼仙客)作・画・序
¥2,600
道具字引図解[〈四民重宝〉道具字引図解](初・2編) 【判型】中本2編2冊。縦184・182粍。【作者】柳河春三(又玄斎南可・楊江・暾・春蔭・喫霞楼仙客)作・画・序。【年代等】元治元年刊。[江戸]大和屋喜兵衛板。【備考】分類「往来物」。各編とも冒頭に書袋を掲げた。『商売往来絵字引』と同様の手法で「神儒仏、朝武、農工商民家の用具、日用の器財」に関する極めて多くの語句を挿絵や略注とともに列挙した往来。初編は、公卿官位・女官が用いる衣冠束帯、十二単その他の衣装関連の語彙から始まり、文房具、舞楽・芸能、武家要用の武具・甲冑・陣中具・城郭・馬具、さらに番匠・左官・木挽・家根匠・瓦師・石屋・鍛治・鋳物師、その他諸職人に必要な諸道具名までを掲げる。続く2編では、「夫、民家之四季業用活計の器財・雑具者…」と起筆して「時計・額・軸物…」以下、主に商家日用の家財・諸道具、手回り品、文具、食器、調理具、その他日用品を前半で紹介し、後半には農民に必要な耕作・農具・用水施設、農家女性向きの機械・養蚕、また、神社・仏閣、修験山伏、さらに、船舶、漁業、猟師等の語彙までを収録する。両編とも本文を大字・4行・付訓で記す。また、巻頭に色刷り口絵や若干の記事を掲げる。 02語ドウグジビキズカイ(初・2編)【往来物】65 SE00115