往来物PDFデータダウンロード販売
-
訓訳示蒙(訓訳筌蹄)
¥2,380
訓訳示蒙(訓訳筌蹄) 【判型】半紙本5巻5冊。縦225粍。 【作者】荻生徂徠作。 【年代等】元文3年5月刊。[野州]尚友斎蔵板。[京都]菱屋次右衛門売出。 【備考】分類「語学」。漢文の基本である助字(名詞・動詞・形容詞などのいわゆる実字・虚字を助ける語。断定・詠嘆・疑問などを表す「也」「矣」「乎」や、前置詞の「於」「与」、疑問詞の「何」「誰」など)を解説した漢文入門書。漢文読解の方法を説いた書で、三部に分かれる。第一部(巻1)は総論に当たり、従来の漢文訓読に代えて「訳文」という方法を提唱する。これは中国語の字義と文理を正確に理解して漢文を日本語に翻訳することである。第二部(巻2)は「文理例」と題して、朱子の文章を例にとって右にいう文理を解説する。第三部(巻3-5)は「助語」と題して、漢文の助辞を多数取り上げて、一々の字義を、特に訓読した場合に同音になる字の意義の違いを主にして、解説する(「日本古典文学大辞典」参照)。SE02650
-
〈早読絵抄〉観音経略図解[観音経早読絵抄]
¥2,200
★〈早読絵抄〉観音経略図解[観音経早読絵抄] 【判型】半紙本1冊。縦229粍。 【作者】中村経年(松亭)編・序。葛飾為斎画。 【年代等】元文4年1月原板。嘉永4年6月、松亭迂叟定保序。文久2年9月改正・再刻。[江戸]須原屋平助ほか板。 【備考】分類「仏教」。彫工=宮田六左衛門。SE02481
-
〈男女〉風の伝(カゼノツテ)(男女風(の)伝)
¥2,240
★〈男女〉風の伝(カゼノツテ)(男女風(の)伝) 【判型】大本3巻合1冊。縦268粍。 【作者】中島幸来翁(政房)作・序。桃江舎漁舟・吉益梅郷序。石角堂幸八跋。 【年代等】元文4年2月序。同年8月跋・刊。[大阪]向井八三郎板。 【備考】分類「随筆」。SE02337
-
画巧潜覧[画苑](2巻)
¥1,000
画巧潜覧[画苑](2巻) 【判型】大本1冊(全6巻中の第2巻)。縦262粍。 【作者】大岡春卜(狩野雪静斎・藤原愛董ナルシゲ・狩野春卜・法眼春卜ホウガンシュンボク)画。 【年代等】元文5年刊(国文学研究資料館DB)。 【備考】分類「絵画」。前半は「人物筆法」、後半は延宝2年5月作「馬鶴(探幽百馬百鶴図巻物写)」。SE02323
-
学問関鍵
¥1,000
学問関鍵 【判型】大本1冊。縦272粍。 【作者】伊藤東涯(源蔵・源蔵)作。 【年代等】享保15年作。元文2年春、菅原家長序。元文2年3月、奥田士亨(シコウ、嘉甫・宗四郎・三角・三角亭・蘭汀)跋。元文2年4月刊。[京都]瀬尾源兵衛(奎文館)板。 【備考】分類「漢学」。伊藤東涯の初学者に学問の大旨を懇説した書。『学問関鍵』は享保15年成立で、東涯晩年の著作。刊行は元文2年。書名の示す如く学問の主眼点を明らかにしたもので、仁斎・東涯の学問観を簡潔に述べている。その主張するところは、「理は一般なるものにて、聖人より凡夫に至るまですこしもかはることなし。気のうけやう同からざるに因り、聖人の徳は清明純粋にして、すこしのまじはりなく、愚不肖なるものは、昆濁遅鈍にして、その理あらはれ難し。これを気質の偏と云」「又人たるもの生出て形気を具るときは、耳・目・口・鼻の欲あり。(中略)その欲熾盛にして、本性をおほひくらますに因て本来の天理を取失う。これを物欲の蔽と云」とある「気質の偏」「物欲の蔽」を取り除き、「虚霊不昧」という純粋な形而上的境地に立ち、尭舜聖賢と一体になるのが学問の本道である、というに存する。また、天地万物の理を極める格物窮理の道と、前者「虚霊不昧」の境地を綜合し、これを「居敬窮理」と称し、学問の本道はここに尽きるという。専ら古の聖賢の道にもどり精進すべきを説き、学問への姿勢・態度を論じたもので、学問の本質論ではない。門人、奥田士亨の跋文、菅原家長の序文を付す(「日本古典文学大辞典」参照)。 SE02314
-
家業道徳論(2種)
¥5,520
★家業道徳論(2種) 【判型】半紙本3巻3冊。収録順に縦230・225粍。 【作者】河田正矩(孤松)作。 【年代等】元文3年3月作。元文5年初刊。宝暦10年再刊。安永6年1月再刊([大阪]天王寺屋正兵衛板)。天明2年5月求板([京都]菊屋安兵衛板)。 【備考】分類「経済」。安永板と天明板を全冊収録した。「通俗経済文庫」9に翻刻あり。『家業道徳論』は、町人向け通俗教訓書。全3巻。上巻に「己が稟得(ウケエ)たる職業は天道の道なる之辨」「天地の間理は一つにあらざる之辨」「家業を専とするは儒仏の極意なる之辨」「多芸は無能には如ざる之辨」「無能は有能には如ざる之辨」など12項、中巻に「五行相生相剋は其理正しからざる之辨」「孟子の性を善といふは方便の説なる辨」「忠孝は臣子の職にて恩の厚薄にはよらざる辨」「聖人は常の人にて、異国・本朝にも数多き辨」「周の武王は纂奪の祖にて聖人には非ざる辨」の5項、下巻に「本朝にて立身を心掛るは道にあらざる之辨」「異国の風俗は悉く我朝には合ざる之辨」「教化によりて気質は変ぜざる之辨」「家業道徳の利益余教に超過之辨」「八代竜王説法聴聞之辨」など8項の、合計25項を収録する。河田正矩(?-1768)は、江戸時代中期の豪農。心学をおさめ、著作に「家業道徳論」「三世道しるべ」などがある。明和5年9月死去。讃岐(香川県)出身。号は孤松、荷秉庵(コトバンク)。 SE02303
-
御定書(百箇条)
¥2,140
御定書(百箇条) 【判型】横本1冊。縦140粍。【作者】松平乗邑(ノリサト)ほか編。 【年代等】元文5年~寛保2年成立。寛政5年9月書。 【備考】分類「法制」。1丁落丁により、第九「吟味銘々宅にて仕事」、第十「重御役人知行出入の事」、第十一「用悪水新田堤川除の事」の3カ条欠。SE02199
-
与興津氏女書[与興津氏之女書付]
¥1,400
★与興津氏女書[与興津氏之女書付] 【判型】大本1冊。縦259粍。 【作者】稲葉迂斎作・書。 【年代等】元文5年12月作・刊。[江戸]著者蔵板か。 【備考】分類「往来物」。『与興津氏女書[与興津氏之女書付]』は、元文5年12月に興津氏の娘が奥田某に嫁ぐにあたり、迂斎が書き与えた女訓書を上梓したもの。前文と12カ条の条々から成る。まず前文で、当代は女子教育が疎かになっていることや、本書の執筆理由などに触れる。以下、一つ書きで、婦人は外出すべきでないこと、婦人の徳・婦人の職、他家へ嫁ぐ意味と心得、信・貞、父母・舅姑への孝、嫉妬、懐妊中の慎み、子育て、女子三従、心の慎み、狂女、真の幸福について説く。育児については、第1条で娘が10歳になったら婦人一生の守りである「婉・娩・聴・従」の徳を教えるべきこと、第七条で懐妊後の胎教の心得、第八条で育児における母親の重要性や育児法、また、子供の悪を父に隠すべきでないことなどを諭す。作者は江戸時代中期の漢学者で、貞享元年9月17日生、宝暦10年11月10日没。77歳。初め鈴木氏。名、初め通経、のち正義。通称、十五郎・十左衛門。号、迂斎。佐倉藩士鈴木正則の男。江戸の人。三宅尚斎・佐藤直方・浅見絅斎に崎門学を学ぶ。正徳5年肥前唐津藩に仕え、藩校盈科堂の教授を務めた(『国書人名辞典』参照)。SE02188
-
円光大師遺訓
¥1,400
★円光大師遺訓 【判型】大本1冊。縦259粍。 【作者】源空(法然・円光大師)作。教名(キョウミョウ、教養房)識語。教宏編。 【年代等】元文4年9月編。江戸後期刊。[長岡]西願寺蔵板カ。 【備考】分類「浄土」。建暦元年3月28日の源空79歳が善信房(親鸞)宛てに書いた消息に、建長8年5月の教名の識語を、日照山西願寺(越後国長岡)17世教宏が元文4年9月に編集して上梓したもの。SE02130
-
絵本徒然草[絵本徒然艸]
¥1,100
絵本徒然草[絵本徒然艸] 【判型】大本3巻合1冊。縦253粍。 【作者】西川祐信(自得叟)画。 【年代等】元文3年冬、文花堂序。元文5年初刊。明治初年後印。[神戸]船井政太郎(弘文堂)板。 【備考】分類「絵本」。SE02111
-
絵本浅香山(複製)
¥700
絵本浅香山(複製) 【判型】大本冊。縦271粍。 【作者】西川祐信(文華堂)画。 【年代等】元文4年1月刊([京都]菊屋喜兵衛板)の複製。 【備考】分類「絵本」。SE02089
-
〈四季文章・年中故事〉女文章艶姿[女筆手本](寛政8年)
¥3,480
★〈四季文章・年中故事〉女文章艶姿[女筆手本](寛政8年) 【判型】大本3巻合1冊。縦263粍。 【作者】万屋かめ作・書・序。時枝左門編。 【年代等】元文5年7月初刊。寛政元年求板([大阪]河内屋喜兵衛板)。寛政8年5月求板([大阪]河内屋喜兵衛板)。 【備考】分類「往来物」。袋綴じ展開収録(見開き図再掲)。『〈四季文章・年中故事〉女文章艶姿』は、宝永6年刊『女用文章綱目』の改題・増補版。現存する寛政元年・寛政8年板は、前付に明和4年刊『女鏡秘伝書改成』の口絵を流用し、本文は、上巻には新年状から歳暮祝儀状まで四季・五節句の手紙8項目14通を、中巻には「るすに来る文かへりて遣すへんじ文」から「髪置のいわゐよひに遣す文」まで季節の諸行事に関する手紙など14通を、さらに下巻には「ほとゝきすの歌所望しにやる文」から「学文をうらやみつかはすふみ」までの諸用件の手紙14通を収録し、消息例文は全文を散らし書きで綴り、漢字の多くに読み仮名を付す(各書状の順序を示す丸付き数字はほぼ全て削除)。また、付録記事として、前付に「介婦遺言」「誓言の戒め」「いはずともことかき侍るまじき言葉」「当座大和詞」「啄木」「急がば回れ」「縫針」「女のよみ習ふべき書」「女はかみかたち」「博奕・双六」「香道ほか」「人形」「書筆」「餅」「女は愛敬」「酒」「黒木」「きのふは紅顔、けふは白髪」「紫式部略歴」「源氏物語外題」を掲げ、頭書には五節句や年中行事、京都の寺院・名所・名物に関する記事や、「女詞字尽」「草花字づくし」「木の名字づくし」「鳥の名字尽」「虫の名字尽」「青物の名字尽」「諸道具字尽」「衣服字尽」「絹布字づくし」「染物色字尽」「魚の名字尽」等の語彙集を載せる。また、巻末には「封じやう」「脇付の事」「月々のかはり名」の記事(以上、寛政元年板)、または、「十二支之図」等(寛政8年板)を掲げる。なお、本書よりもやや早い改題本として、江戸中期刊『女万用文袋』がある。 SE01503
-
万貨百人一首宝箱(元文2年)
¥1,140
万貨百人一首宝箱(元文2年) 【判型】大本1冊。縦264粍。 【作者】斧麿(難波斧麿・凉花堂)編。西川祐信(自得叟・文化堂)画。 【年代等】元文2年1月刊。[大阪]毛利田庄太郎板。 【備考】分類「百人一首」。袋綴じ展開収録。『万貨百人一首宝箱』は、頭書を比較的大きく(天地の四分程)とった百人一首。前付に「風流三十二相」、頭書に「手習の仕用の事」「七夕新歌づくし」「たなばた七姫の名」「新撰二十四孝」「歌の読方の事」「器物由来ものがたり」「器物歌づくし」「万薬方ひでん書并こしらへやう」「当流染物秘伝」「当流裁物秘伝」「虫歌合十五番」、裏表紙見返しに「百人一首よみくせ」を収録する。 SE01603
-
都鄙問答(明和板・4冊本)
¥2,800
都鄙問答(明和板・4冊本) 【判型】大本4巻4冊。縦266粍。 【作者】石田梅岩(勘平)作。 【年代等】元文4年7月初刊。明和5年春再刊。[京都]小川新兵衛・小川源兵衛板。 【備考】分類「心学」。袋綴じ展開収録。『都鄙問答』明和5年再刊、4冊本。『都鄙問答』は、梅岩最初の著作で、かつ、石門心学の根本原理を説いた心学者の聖典。梅岩が京都で教化活動を開始して以来10年間の講義記録を整理した草稿本を、元文3年5月初旬に5人の高弟(斉藤全門・小森由正・木村重光ら)とともに但馬城崎温泉に籠もって推敲を重ね、翌4年7月に刊行(この間の校訂で初期草稿本にあった「田舎問答」の書名が改められ、巻構成にも変更が加えられた)。完成した刊本は全4巻16段構成で、書名の通りいずれも問答形式で綴られている。巻之一は「都鄙問答ノ段」「孝ノ道ヲ問ノ段」「武士ノ道ヲ問ノ段」「商人ノ道ヲ問ノ段」「播州ノ人、学問ノ事ヲ問ノ段」の5段で、冒頭の「都鄙問答ノ段」では天道と人道の関係を端的に示し「性ヲ知ルハ学問ノ綱領ナリ」と説き、『遺書講義』『道二翁道話』等の心学書にしばしば取り上げられ尊重された。そのほか、愛と敬に基づく孝道、下臣として忠義を尽くす武士の道、天下の財を惜しみ通用させる商人の道、聖人の心を学ぶ学問の道などを説く。巻之二は「鬼神ヲ遠ト云事ヲ問ノ段」「禅僧俗家ノ殺生ヲ譏ノ段」「或人、親ヘ仕ノ事ヲ問ノ段」「或学者、商人ノ学問ヲ譏ノ段」の4段で、神を拝む人の誠、天理を踏まえた殺生の考え方、志を養う孝行や職分・短気、天理を知る学問、商人の売利が武士の禄と等しいことなどを説く。巻之三は「性理問答ノ段」の一段で、心を尽くして性を知り天を知ることや「人ハ全体一箇ノ小天地ナリ」という世界観を哲学的に詳述した梅岩思想の中核。巻之四は「学者行状心得難キヲ問ノ段」「浄土宗ノ僧念仏勧ノ段」「或人、神詣ヲ問ノ段」「医ノ志ヲ問ノ段」「或人、主人行状ノ是非ヲ問ノ段」「或人、天地開闢ノ説ヲ譏ノ段」の6段で、徳行の伴わない文字(もんじ)芸者の学と聖人の学との違い、宗論の無意味さ、親の心にかなうべきこと、医者として己の命を惜しむ心で病人を愛すべきこと、理想的な主人の在り方、万人の一身に具(そな)わる天地開闢の理について述べる。 SE01791
-
都鄙問答(明和5年・2冊本)
¥2,440
都鄙問答(明和5年・2冊本) 【判型】大本4巻2冊。縦277粍。【作者】石田梅岩(勘平)作。【年代等】元文4年7月刊。明和5年春改刻。[京都]小川源兵衛ほか板。【備考】分類「心学」。梅岩最初の著作で、かつ、石門心学の根本原理を説いた心学者の聖典。梅岩が京都で教化活動を開始して以来10年間の講義記録を整理した草稿本を、元文3年5月初旬に5人の高弟(斉藤全門・小森由正・木村重光等)とともに但馬城崎温泉に籠もって推敲を重ね、翌4年7月に刊行(この間の校訂で初期草稿本にあった「田舎問答」の書名が改められ、巻構成にも変更が加えられた)。完成した刊本は全4巻16段構成で、書名の通りいずれも問答形式で綴られている。巻之一は「都鄙問答ノ段」「孝ノ道ヲ問ノ段」「武士ノ道ヲ問ノ段」「商人ノ道ヲ問ノ段」「播州ノ人、学問ノ事ヲ問ノ段」の五段で、冒頭の「都鄙問答ノ段」では天道と人道の関係を端的に示し「性ヲ知ルハ学問ノ綱領ナリ」と説き、『遺書講義』『道二翁道話』等の心学書にしばしば取り上げられ尊重された。そのほか、愛と敬に基づく孝道、下臣として忠義を尽くす武士の道、天下の財を惜しみ通用させる商人の道、聖人の心を学ぶ学問の道などを説く。巻之二は「鬼神ヲ遠ト云事ヲ問ノ段」「禅僧俗家ノ殺生ヲ譏ノ段」「或人、親ヘ仕ノ事ヲ問ノ段」「或学者、商人ノ学問ヲ譏ノ段」の四段で、神を拝む人の誠、天理を踏まえた殺生の考え方、志を養う孝行や職分・短気、天理を知る学問、商人の売利が武士の禄と等しいことなどを説く。巻之三は「性理問答ノ段」の一段で、心を尽くして性を知り天を知ることや「人ハ全体一箇ノ小天地ナリ」という世界観を哲学的に詳述した梅岩思想の中核。巻之四は「学者行状心得難キヲ問ノ段」「浄土宗ノ僧念仏勧ノ段」「或人、神詣ヲ問ノ段」「医ノ志ヲ問ノ段」「或人、主人行状ノ是非ヲ問ノ段」「或人、天地開闢ノ説ヲ譏ノ段」の六段で、徳行の伴わない文字(もんじ)芸者の学と聖人の学との違い、宗論の無意味さ、親の心にかなうべきこと、医者として己の命を惜しむ心で病人を愛すべきこと、理想的な主人の在り方、万人の一身に具(そな)わる天地開闢の理について述べる。 SE01790
-
都鄙問答(元文4年板・注解本*高精細)
¥5,640
★都鄙問答(元文4年板・注解本*高精細) 【判型】特大本4巻2冊。縦277粍。 【作者】石田梅岩(勘平)作。 【年代等】元文4年7月刊。[京都]山村半右衛門、小川新兵衛板。 【備考】分類「心学」。袋綴じ展開収録。『都鄙問答』元文4年初板本に手書きの注解を欄外余白や付箋で随所に施したもの。『都鄙問答』の註解本は全て「宝暦11年以前に成立した同一の本を転写した同系統の本と見ることが出来る」(『石田梅岩全集』上巻一二頁)とされ、底本も同系統の注解本。『都鄙問答』は梅岩最初の著作で、かつ、石門心学の根本原理を説いた心学者の聖典。梅岩が京都で教化活動を開始して以来10年間の講義記録を整理した草稿本を、元文3年5月初旬に5人の高弟(斉藤全門・小森由正・木村重光ら)とともに但馬城崎温泉に籠もって推敲を重ね、翌4年7月に刊行(この間の校訂で初期草稿本にあった「田舎問答」の書名が改められ、巻構成にも変更が加えられた)。完成した刊本は全4巻16段構成で、書名の通りいずれも問答形式で綴られている。巻之一は「都鄙問答ノ段」「孝ノ道ヲ問ノ段」「武士ノ道ヲ問ノ段」「商人ノ道ヲ問ノ段」「播州ノ人、学問ノ事ヲ問ノ段」の5段で、冒頭の「都鄙問答ノ段」では天道と人道の関係を端的に示し「性ヲ知ルハ学問ノ綱領ナリ」と説き、『遺書講義』『道二翁道話』等の心学書にしばしば取り上げられ尊重された。そのほか、愛と敬に基づく孝道、下臣として忠義を尽くす武士の道、天下の財を惜しみ通用させる商人の道、聖人の心を学ぶ学問の道などを説く。巻之二は「鬼神ヲ遠ト云事ヲ問ノ段」「禅僧俗家ノ殺生ヲ譏ノ段」「或人、親ヘ仕ノ事ヲ問ノ段」「或学者、商人ノ学問ヲ譏ノ段」の4段で、神を拝む人の誠、天理を踏まえた殺生の考え方、志を養う孝行や職分・短気、天理を知る学問、商人の売利が武士の禄と等しいことなどを説く。巻之三は「性理問答ノ段」の一段で、心を尽くして性を知り天を知ることや「人ハ全体一箇ノ小天地ナリ」という世界観を哲学的に詳述した梅岩思想の中核。巻之四は「学者行状心得難キヲ問ノ段」「浄土宗ノ僧念仏勧ノ段」「或人、神詣ヲ問ノ段」「医ノ志ヲ問ノ段」「或人、主人行状ノ是非ヲ問ノ段」「或人、天地開闢ノ説ヲ譏ノ段」の6段で、徳行の伴わない文字(もんじ)芸者の学と聖人の学との違い、宗論の無意味さ、親の心にかなうべきこと、医者として己の命を惜しむ心で病人を愛すべきこと、理想的な主人の在り方、万人の一身に具(そな)わる天地開闢の理について述べる。 SE01788
-
都鄙問答(注解本ほか4種)
¥7,080
★都鄙問答(注解本ほか4種) 【判型】特大本4巻2冊。縦278粍。【作者】石田梅岩(勘平)作。【年代等】元文4年7月刊。[京都]山村半右衛門、小川新兵衛板。【備考】分類「心学」。梅岩最初の著作で、かつ、石門心学の根本原理を説いた心学者の聖典。底本は注解入りの初板本。末尾に次の後印本・再刊本を抄録。順に、(1)明和5年春再刊、小川源兵衛ほか板、(2)明和5年板(4冊本)、(3)天明8年12月再刊、小川源兵衛ほか板、(4)天明8年刊、吉岡祐七ほか板(書袋付き)。 SE01789
-
〈新板女筆〉女用文色紙染(田村よし尾・元文板早印本)
¥2,000
★〈新板女筆〉女用文色紙染(田村よし尾・元文板早印本) 【判型】大本1冊。縦267粍。 【作者】田村よし尾書。石川豊信(石川孫三郎・糠屋七兵衛・西村重信・秀葩)画。 【年代等】元文3年7月初刊。[江戸]村田治郎兵衛ほか板。 【備考】分類「往来物」。元文板の早印本を収録。『〈新板女筆〉女用文色紙染』は、五節句祝義状を含む四季の手紙20通を収めた女筆の女用文章。一部の例外を除いていずれも季節の花鳥風月を織り混ぜた女文で、奇数状を散らし書き、偶数状を並べ書き、いずれも大字・所々付訓で記す。前付・頭書には働く女性の姿(海人・女農業・塩汲み・蚕婦人)の挿絵や、「女諸礼」「女いましめ草」「諸芸鑑」等の記事を掲げる。後に、十返舎一九によって改編され同一書名で出版されたが(文政7年刊『女用文色紙染』)、各書状の主題は踏襲されたものの、文面にはかなり手が加えられた。 SE01509
-
羽倉目安[境論写](元文2年*高精細) 【作者】不明
¥700
羽倉目安[境論写](元文2年*高精細) 【判型】特大本1冊。縦295粍。 【作者】不明。 【年代等】元文2年2月書。 【備考】分類「往来物」。『羽倉目安[信濃越後境論]』は、越後国魚沼郡妻有庄羽倉村(新潟県津南町寺石)と信濃国水内(みのち)郡森村(長野県栄村)との間に起こった山論に関して幕府に提出した訴状を手習本にした目安往来物。『白峯銀山目安』の影響下に生まれたと考えられる。内容は、寛文12年(1672)6月に羽倉村が幕府に提訴した訴状と、同年8月の森村からの返答書からなる。幕府評定所からは検使が派遣されて実地検分が行われ、延宝2年(1674)8月の幕府裁定により論地は羽倉村領とされた。『羽倉目安』は家蔵本でも17点、新潟県内で20点以上とかなりの流布を見た。底本は、池平村・伊瀬某旧蔵書。 SE01467
-
羽倉目安[境論写](元文2年)
¥1,400
羽倉目安[境論写](元文2年) 【判型】特大本1冊。縦295粍。 【作者】不明。 【年代等】元文2年2月書。 【備考】分類「往来物」。『羽倉目安[信濃越後境論]』は、越後国魚沼郡妻有(つまあり)庄羽倉(はくら)村(新潟県津南町寺石)と信濃国水内(みのち)郡森村(長野県栄村)との間に起こった山論に関して幕府に提出した訴状を手習本にした目安往来物。『白峯銀山目安』の影響下に生まれたと考えられる。内容は、寛文12年(1672)6月に羽倉村が幕府に提訴した訴状と、同年8月の森村からの返答書からなる。幕府評定所からは検使が派遣されて実地検分が行われ、延宝2年(1674)8月の幕府裁定により論地は羽倉村領とされた。『羽倉目安』は家蔵本でも17点、新潟県内で20点以上とかなりの流布を見た。底本は、池平村・伊瀬某旧蔵書。 08社ハクラメヤス03(元文2年)【往来物】23 SE01030
-
★〈新板女筆〉女用文色紙染(田村よし尾・4種) 【作者】田村よし尾書。石川豊信(石川孫三郎・糠屋七兵衛・西村重信・秀葩)画
¥5,440
★〈新板女筆〉女用文色紙染(田村よし尾・4種) 【判型】大本1冊。収録順に縦266・264・257・264粍。 【作者】田村よし尾書。石川豊信(石川孫三郎・糠屋七兵衛・西村重信・秀葩)画。 【年代等】元文3年7月初刊([江戸]村田治郎兵衛ほか板)。宝暦12年再刊。[江戸]鶴屋喜右衛門ほか板。 【備考】分類「往来物」。元文板・宝暦板など4種を収録。『〈新板女筆〉女用文色紙染』は、五節句祝義状を含む四季の手紙20通を収めた女筆の女用文章。一部の例外を除いていずれも季節の花鳥風月を織り混ぜた女文で、奇数状を散らし書き、偶数状を並べ書き、いずれも大字・所々付訓で記す。前付・頭書には働く女性の姿(海人・女農業・塩汲み・蚕婦人)の挿絵や、「女諸礼」「女いましめ草」「諸芸鑑」等の記事を掲げる。後に、十返舎一九によって改編され同一書名で出版されたが(文政7年刊『女用文色紙染』)、各書状の主題は踏襲されたものの、文面にはかなり手が加えられた。 11女オンナヨウブンシキシゾメ-シンパンニョヒツ・ニョヒツシンパン(田村よし尾・4種)★【往来物】68 SE01256
-
★〈万用文章〉女文林宝袋〈日用教訓躾方〉[女通要文袋](3種) 【作者】居初都音(津奈)作・書。西川祐信画
¥13,360
★〈万用文章〉女文林宝袋〈日用教訓躾方〉[女通要文袋](3種) 【判型】大本1冊。収録順に縦262・263・260粍。 【作者】居初都音(津奈)作・書。西川祐信画。 【年代等】元文3年3月刊。[京都]銭屋庄兵衛(斉藤庄兵衛・雲箋堂)板。 【備考】分類「往来物」。同板2種を全冊収録したほか、末尾に改題本の宝暦5年刊『女通要文袋』を抄録した。『〈万用文章〉女文林宝袋』は、居初津奈作・元禄3年刊『女書翰初学抄』の旧版下の一部(頭書など)を改刻して、付録記事を増補した改題本。『女用文章大成』等が大阪板における『女書翰初学抄』の模刻・改題本であるのに対して、本書は京都板、しかも『女書翰初学抄』の旧板木を直接改刻した改題本である。津奈の序文はないが、刊記に「作者、居初氏女筆都音」と記して原作者を明らかにする。本文では、各月冒頭部分の注書きを全て削除したほか、下巻第13状「いはた帯の祝義請たる返事之事」を巻末に移動させた。また、注番号を示す丸付き数字はそのままで、頭書注釈の大半を残したが、祐信の挿絵15点を埋め木したため、注の一部が欠落した。前付は本書独自のもので、「文字の由来并女文の書様」「曲水の由来」「女教訓身持鑑」「女中文書様」「裁物仕様」「女言葉づかひ」「女の四芸」「女官之称号」「祝言座の次第」などの記事を収録する一方、『女書翰初学抄』の巻末記事を全て削除し、裏見返に「女中文の封様之事」「不成就日之事」を掲げた。本書は『女書翰初学抄』の改題本の中では唯一作者名を残すものであって、他の元禄11年刊『女用文章大成』、元禄12年刊『当流女筆大全』、享保6年刊『女文庫高蒔絵』は、いずれも作者名を隠蔽した海賊版である。なお、本書の付録記事(前付・後付)を一新した改題本に宝暦5年刊『女通要文袋』がある。 11女オンナブンリンタカラブクロ・オンナツウヨウフミブクロ(3種)★【往来物】167 SE01249
-
★女筆道柴花乃海 【作者】辻柳軒(玉華堂)作・書(元文板には筆者名記さない)
¥4,480
★女筆道柴花乃海 【判型】大本3巻3冊。縦258粍。 【作者】辻柳軒(玉華堂)作・書(元文板には筆者名記さない)。 【年代等】元文4年1月刊。[江戸]西村源六ほか板。 【備考】分類「往来物」。宝永元年刊『〈女筆用〉みちしば』の改編・改題本。宝永板の跋文(元文板では削除)によれば、田舎住まいの女児にも手習い手本が必要であると感じた著者が、「賤山かつ、蜑のわらは女のたつきにせん」という思いで著わした手本で、宝永板には、上巻には「四つの海静に納りし春の徳たる御事…」と新年のめでたさを告げる文から衣更の季節の手紙までの12通、中巻には五月雨の頃に庭の蛍見物に誘う手紙から秋の高雄山の紅葉狩りの手紙までの14通、下巻には神無月の頃に庭の様子を伝へ、花を贈る手紙から平産祝儀状までの7通をそれぞれ収録するが、元文板では各巻の末尾数丁(上巻8丁、中巻13丁、下巻9丁)を削除したため、上巻8通、中巻8通、下巻7通(ただし第7状末尾の宛名・脇付、および、和歌7首を削除)となった。また、宝永板では本文の漢字の多くに付してあった振り仮名を全て削除したほか、各巻巻頭に和歌三神(上巻「衣通姫」、中巻「住吉大明神」、下巻「柿本人麿」)の挿絵と記事を新たに掲げた。 11女ニョヒツミチシバハナノウミ★【往来物】56 SE01343
-
★岩城一乱記[奥州岩城平御城下惣百姓願候事] 【作者】不明
¥1,400
★岩城一乱記[奥州岩城平御城下惣百姓願候事] 【判型】半紙本1冊。縦240粍。 【作者】不明。 【年代等】寛保元年(1741)7月書。 【備考】分類「往来物」。『岩城一乱記』は、元文3年(1738)9月に起こった磐城平元文一揆の経緯、特に、その際作成された目安提出をめぐる領民と藩との交渉を記したもの。長短含む全12カ条から成る。まず、一揆勃発以前20年来の暴政を述べ、これを憂慮した新田目村(底本は「あらたのめ村」)百姓喜惣治30歳が頭となって領内の惣百姓を集め相談のうえ、平藩役所に目安を提出するが沙汰無く、一人江戸へ出て幕府評定所の目安箱に訴状を投げ入れたが、詮議の結果、国表差回しのうえ入牢されたことや、その後の度重なる重税に絶えかね、元文3年9月18日に蜂起、以後、領民との交渉役の一人である番頭・赤井喜兵衛が江戸在住の藩主・内藤備後守正樹に訴状を手渡して帰国するまでを記す。 ・「磐城平元文一揆」は、江戸中期陸奥国磐城平藩(現・福島県いわき市)で起こった全藩的な百姓一揆。磐城平藩内藤氏(7万石)は早くから藩財政が不安定であったが、18世紀に入ると、幕府享保の改革期に生じた米価に対する諸物価高騰、幕府の命令による日光廟修営、江戸藩邸の火災などにより極端な財政難に陥った。内藤氏はこれを、年貢率のアップ、新税賦課、臨時の御用金、夫役金の徴収など、主として農民負担の強化によって打開しようとした。これに対し、すでに過酷な収奪に苦しんでいた領民は、1738年(元文3)秋、中神谷村・武左衛門らの呼びかけで全領から約2万人が城下に結集し、年貢減免、新税撤回など19項目の要求を掲げて藩政の修正を求めて対決した。領主側は農民の圧力に屈し要求の大部分を飲んだが、一揆終息後、指導層を逮捕、約束を反故にした。しかしこの一揆が原因で、まもなく内藤氏は日向延岡(現・宮崎県延岡市)へ転封されることになった(青木美智男、小学館「日本大百科全書(ニッポニカ)」)。 08社イワキイチランキ(目安往来物)★【往来物】21 SE00889