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★青葉山由来(宝永5年)
¥2,000
★青葉山由来(宝永5年) 【判型】大本1冊。縦275粍。 【作者】不明。 【年代等】江戸前期(寛永~慶安頃)作。宝永5年12月書。 【備考】分類「往来物」。袋綴じ展開収録。宝永5年本は類書中の最古本。『青葉山由来』は、「往昔、用明天皇之御時、初而築此城、頼朝公之御時、結城七郎政光国分領す。家来之者至末々居住する云々。其後、成荒城、永禄年中より国分能登守住す。天正四年正宗伯父伊達彦九郎盛重国分領す…」と起筆し、用明天皇の時代から慶長5年に伊達政宗がこの地を本拠とし、さらに翌年に築城を開始し、寛永16年に二の丸が完成し、2代忠宗が移り住んだ経緯など、青葉城の由来や繁栄ぶりを記した往来物。『仙台状』の類本中最も流布したもので、宝永三年系統(『仙台状』)と宝永5年系統(『青葉山之由来』)があるが、後者は室町後期作『富山之記』の影響が見られ、より原型に近いと考えられる。内容は、「青葉山の由来」「城内・城下の様子」「伊達政宗の御諚、御台の計らいによる酒宴遊興のありさま」「奉行所の評定」の4段と結尾の言葉から構成される。最古本の宝永5年本は、本文を大字・5行・無訓で記す。なお、本書と関連の深い往来物に『仙台記』『仙台状(仙台威風状)』『仙台状(仙台状・南部状)』がある。SE03145
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秘伝書[古刀銘鑒・古刀秘伝書](寛永2年)
¥2,440
秘伝書[古刀銘鑒・古刀秘伝書](寛永2年) 【判型】大本1冊。縦274粍。 【作者】不明。 【年代等】寛永2年12月刊。刊行者不明。 【備考】分類「刀剣」。刀剣鑑定書の中でも最古本の部類。SE02881
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語園(江戸前期)
¥1,860
語園(江戸前期) 【判型】大本2巻2冊。縦262粍。 【作者】一条兼良(一条禅閤・桃花翁・桃華老人・藤原兼良・覚恵)作カ。 【年代等】寛永4年初刊。江戸前期再刊。刊行者不明。 【備考】分類「随筆」。袋綴じ展開収録。『語園』は、2巻、随筆、一条兼良著か。寛永4年刊。同刊本の巻末に「桃華老人撰」とあるが、写本は伝存せず、兼良著とする傍証を欠く。上巻97編、下巻115編。漢籍の出典の記載があり(未詳14)、『事文類聚』87、『後漢書』11、『列女伝』9、『史記』『荘子』各7などの39部に及ぶが、『事文類聚』が4割強を占める。「小児ノ日ヲ論ズル事」の小児利発談に始まり、列女・隠士・聖賢の逸事や教訓、神仙譚や世俗の奇談などが類聚されている。近世初期の啓蒙の書として、寛永4年刊後、版を重ね増補されて普及した(「日本古典文学大辞典」参照)。SE02783
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兼好法師家集[兼好法師集]
¥1,480
兼好法師家集[兼好法師集] 【判型】半紙本2巻2冊。縦224粍。 【作者】吉田兼好作。 【年代等】寛永3年7月、長秋員外監通村(中院通村ナカノインミチムラ)跋。寛文4年夏、弘文院林学士(林鵞峰)跋・刊。[京都]林和泉掾板。 【備考】分類「歌集」。『兼好法師家集』は1冊、和歌、兼好法師の歌集。『兼好自撰歌集』『兼好家集』とも。ただし、自筆の原本には内題・外題もなく、正式の名称はない。『風雅和歌集』撰述の資料として康永4年(1345)頃自撰提出したものの草稿と考えられる。自筆本はその後(貞和5年春以後か)さらに8首を追補している。内容は、初めに「家集事」として編集に関する覚書があり、歌数は随意であること、部立はしないこと、巻頭歌は任意であることなど記すように、構成は雑纂形式である。本文は284首と2句を収めるが、兼好自身の歌は269首と付句1句である。歌風はやさしくなだらかな二条派風で、叙景歌や題詠歌のわりに私的人事詠が多く、「ちぎりおく花とならびのをかのへに、あはれいくよの春をすぐさむ」など、兼好の人間像や生活、対人関係を知る資料として重要である。伝本は多いが、全て尊経閣文庫蔵の自筆本からの派生本(「日本古典文学大辞典」参照)。SE02678
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黒谷上人語燈録[和語燈録](寛永20年)
¥5,080
黒谷上人語燈録[和語燈録](寛永20年) 【判型】大本5巻・拾遺2巻7冊。縦265粍。 【作者】源空(法然)説。了慧(了恵リョウエ・道光)編・序。 【年代等】元亨元年7月作。文永12年1月編者序。寛永20年1月刊。[京都]吉野屋権兵衛板。 【備考】分類「浄土」。第1~5巻「和語燈録」、7~8巻「拾遺」。『和語燈録』は5巻、拾遺2巻。仏教。了恵道光(浄土宗鎮西義の三条派の僧)編。文永12年(1275)正月25日の自序がある。浄土宗の祖法然が没してから、約100年を経た当時、同宗の教団は十数流に分かれて異義紛々としているなかで、念仏する者が正邪を弁える指針にしようと、法然の著書・講説・制誡・消息などのうち、和文体のものを集めたものであるが、中には史料として疑わしいものも含まれている。なお、本書と同様の主旨で漢文体のものを集めたものが『漢語燈録』10巻拾遺1巻で、『和語燈録』と合わせて「黒谷上人(円光大師)語燈録」と呼ばれる(「日本古典文学大辞典」参照)。SE02639
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愚禿鈔・浄土文類聚鈔(寛永板・2種)
¥2,000
愚禿鈔・浄土文類聚鈔(寛永板・2種) 【判型】大本2巻1冊。収録順に縦253・255粍。 【作者】親鸞作。 【年代等】建長7年8月作。寛永13年11月刊。[京都]西村又左衛門板。 【備考】分類「真宗」。同板別本(「浄土文類聚鈔」を付さない)も全冊収録した(袋綴じ展開収録)。『愚禿鈔』の古写本には建長7年(1255)に書いた旨の奥書があるが、『教行信証』成立以前の著作とみる説が有力。『愚禿鈔』の内容は、先徳の言葉に導かれて、親鸞自身が理解した信心についての認識を整理してまとめたもの。「愚禿」とは、自署名に「愚禿親鸞」とあるように、流罪以後に用いた親鸞自身の呼び名で、愚かでかぶろ髪をした賤しい者の意。本書の初めに「賢者の信は、内は賢にして外は愚かなり。愚禿が心は、内は愚にして外は賢なり」とあり、末法に生まれ合わせた愚禿者の立場にふさわしい法門は、阿弥陀如来の選択本願を除いて他にないことを明らかにしている。上巻は仏教における本願念仏の位置づけをし、下巻では主として善導の文章を引き、「至誠心」「深心」「廻向発願心」の三心の本意を明かしている(「日本古典文学大辞典」参照)。また、『浄土文類聚鈔』は、鎌倉時代初期の日本の僧・親鸞の著作である。浄土真宗の要義を書き記した論書である。本書は、『教行信証』(広文類)に対して『略文類』(略典)とも呼ばれる。製作年代は特定されておらず、主著である『教行信証』の前後であろうとされているが、論義が分かれる。内容は、浄土三部経と龍樹・世親・曇鸞・善導の論書を引用して、浄土教の教えと、浄土への往生の方法と、親鸞が重要視した「往相と還相」について述べている。本書の内容に対して『教行信証』は、浄土三部経以外の経典、道綽・源信・源空などの多くの典籍を引用することで詳説しているので「広文類」と呼び、本書を「略文類」と呼び習わしている。また本書には、「真仏土巻」「化身土巻」の内容が記されていない(Wikipedia参照)。 SE02629
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孝養集[孝養録](寛永板)
¥2,400
孝養集[孝養録](寛永板) 【判型】大本3巻合1冊。縦260粍。 【作者】伝覚鑁(カクバン)作。 【年代等】寛永20年1月刊。[京都]林甚右衛門板。 【備考】分類「真言」。古写本に永正7年写本、元亀3年写本がある。SE02584
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鬼神論[南秋江鬼神論](南秋江・寛永20年)
¥700
鬼神論[南秋江鬼神論](南秋江・寛永20年) 【判型】大本1冊。縦254粍。 【作者】南秋江(南孝温)作。 【年代等】寛永20年8月刊。刊行者不明(「紅屋仁兵衛板行」の書き入れあり)。 【備考】分類「神祇」。作者・南孝温(号秋江)は、朝鮮宜寧の人。生六臣の一で忠臣として著名。端宗2年(1454)生、成宗23年(1492)没。39歳。朝鮮本に基づく和刻本。儒学の立場より霊魂を論じた書(西尾市岩瀬文庫・古典籍書誌DB)。井上円了『通俗講義 霊魂不滅論』に、「南秋江なんしゅうこうの『鬼神論きしんろん』にいわく、「『人の死して、いずくにか帰せん』曰く、『体魄は地に帰し、魂気は天に帰す』と。曰く、『帰して形あるや』と。曰く、『鬼は形なし、声あるや』と。曰く、『鬼は声なし、心あるや』と。曰く、『鬼は心なし、ないし、天地の気、始まりて終わり、至りて帰り、生まれて死せざることなし。しかして、決して終わりてまた始まり、帰してまた生まるの理なし』」と」ある。 SE02513
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大雑書(寛永頃異本)
¥1,560
大雑書(寛永頃異本) 【判型】小本1冊。縦134粍。 【作者】不明。 【年代等】寛永頃刊(寛永8年板に酷似するが異板。寛永9年板とは全く異なる版)。刊行者不明。 【備考】分類「雑記・暦」。小本の古板『大雑書』で寛永頃の刊本。雑書(ざっしょ)とは、近代以前における各種の暦・占に関する書物の総称を指す。暦注などに記載された八卦・方位・干支・納音・十二直・星宿・七曜などに記載された吉凶や様々な禁忌をはじめとする各種暦占の解説が主である。陰陽道の書物の影響を強く受けて発達したと考えられている。『本朝書籍目録』には平安時代に賀茂家栄が『雑書』(『新書』とする伝本もある)を著したと伝えるが、現存最古のものは室町時代のものである。『日葡辞書』には「神官の与える厄日と吉日の書いてあるもの」と定義されている。江戸時代に入ると、大雑書(おおざっしょ)とも呼ばれる和文による大型本が刊行されるようになる。寛永9年(1632年)の年号が入っている『寛永九年版大ざつしよ』(国立国会図書館蔵)は大雑書の中でも最古のものである(最古本は寛永8年板*往来物倶楽部デジタルアーカイブスに収録)。また、元禄年間頃から仏教の因果説に由来する三世相がほとんどの雑書に掲載されるようになった。寛永年間から雑書の刊行が盛んに行われるようになっていったが、対象となる読者層に合わせる形で、漢文・和文の文体や具注暦・仮名暦の解説などの違いがあった。特に貞享から元禄年間にかけては様々な分野の項目についての記事が増補されるようになり、日常生活から男女関係までの各種分野を扱った多数の雑書が刊行され、最盛期であった幕末には100種類以上が刊行された。この時期になると、雑書は暦占書としてだけではなく、百科事典的な役割を果たすようになっていった。『天保新選永代大雑書万暦大成』は翻刻されたものが出版されている(Wikipedia参照)。SE02160
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下学集(寛永20年)
¥1,520
下学集(寛永20年) 【判型】大本2巻1冊。縦272粍。 【作者】東麓破衲(トウロクハノウ)序(編者か)。 【年代等】文安元年序。寛永20年4月刊。刊行者不明。 【備考】分類「辞書」。袋綴じ展開収録。国語辞書。2巻。東麓破衲(とうろくはのう)(東山の麓(ふもと)の僧の意で、実名不明)著。1444年(文安1)の成立とされる。天地から言辞、畳字に至る18の部門に、日常に用いる漢字漢語を中心として約3000語を分類する。室町時代には盛んに利用されていたらしく、慶長(けいちょう)(1596~1615)以前の古写本だけでも30以上現存する。版本は1617年(元和3)刊本がもっとも古い。しかし、のちに成立した『節用集(せつようしゅう)』が、いろは順配列で検索に便利であったため、江戸時代の版行は振るわなかった。書名は『論語』憲問篇(へん)の「下学而上達」による。/日本の古辞書の一つ。1444年(文安1)成立。著者は、序末に〈東麓破衲〉とあるのみで不明。京都東山建仁寺の住僧かといわれる。ただし、その成立には《壒囊鈔(あいのうしよう)》と密接な関係があると推定される。内容は〈天地〉〈時節〉以下18の門目を立てて、中世に行われた通俗の漢語の類を標出し、多くの場合それに注を加えてある。配列が《節用集》のようにいろは順でないから、語の検索には不便である。大まかにいえば、《節用集》のほうは《下学集》をいろは引きに改修したものである(コトバンク)。 SE02297
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大原談義見聞[大原談義聞書鈔見聞](寛永9年)
¥2,000
★大原談義見聞[大原談義聞書鈔見聞](寛永9年) 【判型】大本1冊。縦279粍。 【作者】聖聡(ショウソウ、酉誉聖聡)作。 【年代等】室町中期作。寛永9年6月刊。[京都]道判(中野市右衞門尉・豊雪斎)板。 【備考】分類「浄土」。『大原談義(大原問答)』の注釈書(漢文注)で、江戸期古版本の一つ(『大原談義聞書鈔見聞』の板種は、寛永9年板、正保4年板、明暦3年板があるが本書はその最古刊本)。『大原談義』は、1186年(文治2)浄土宗の開祖法然が天台宗の学匠顕真の招請をうけ、洛北大原の勝林院において諸宗の碩学を相手に論議したこと。大原問答ともいう。ことの起りは、顕真が法然に会って出離の道をたずね、法然から阿弥陀仏の願力を強縁として凡夫が浄土に往生できる旨を聞いたが、なお疑心とけず、100日間籠居して浄土の典籍について研究し、その後改めて法然を招いて論談することになったものである。顕真のほか、明遍(三論)、貞慶(法相)、智海(天台)、湛学(同)ら諸宗の学僧が参会し、法然の述べる浄土宗義に対して詰問した。/『大原問答』は、大原談義ともいわれる。浄土宗開祖法然が文治2 (1186) 年 (異説あり) に天台宗の顕真の招請によって大原の勝林院で浄土宗義について明遍、証真、貞慶、智海、重源らと問答を行なったこと。法然は高僧たちの質問に対して明確に応答し、浄土の宗義、念仏の功徳を説き、弥陀本願の深い妙旨を語ったので、集った多くの人々が信服し、それより3日3晩不断の念仏を称したと伝えられる。翌朝重源は南無阿弥陀仏と名のり、それ以後、南無阿弥陀仏と名のる阿号が流行した。この大原問答によって、法然は一躍著名になった(コトバンク)。 SE02172
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往生論註巻[無量寿経優婆提舎願生偈]
¥5,040
★往生論註巻[無量寿経優婆提舎願生偈] 【判型】大本2巻2冊。縦260粍。 【作者】菩提流支(ボダイルシ)訳。曇鸞(ドンラン)注。 【年代等】寛永17年初刊。明治初年後印。[京都]沢田吉左衛門板。 【備考】分類「浄土」。上巻前半に北魏の菩提流支(ボダイルシ)訳「無量寿経優婆提舎願生偈(往生論)」、後半に北魏の曇鸞(ドンラン)注「 無量寿経優婆提舎願生偈婆藪槃頭菩薩造并註(ムリョウジュキョウウバダイシャガンショウゲバスバンズボサツゾウナラビニチュウ*浄土論註)」を収録する。SE02149
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彝倫抄(3種)
¥2,600
彝倫抄(3種) 【判型】大本1冊。収録順に縦263・271・265粍。 【作者】松永尺五(昌三・遐年カネン・ナガトシ*松永貞徳の子)作。 【年代等】寛永17年9月跋・刊([京都カ]直広開板)。 【備考】分類「儒学・教訓」。『彝倫抄』は、松永尺五(1592-1657)の著作。松永尺五は、藤原惺窩の高弟。朱子学を主にしながらも、陸王学(宋の陸象山から始り、明の王陽明にいたる学統ならびにその学統に連なる学説。心学とほぼ同義)を併取し、仏教にも寛容的であった惺窩の包括的な学風は、林羅山によってよりもむしろ尺五によって継承せられた。本書は、彝倫、すなわち、人間として常に守るべき道を初学者向きに平易に説く。すなわち、本書で著者は、三綱五常の道に始まって「命」「性」「情」「心」「意」「誠」「敬」に説き及び、天人一理、善悪の応報などにも言及し、ついで、五倫の道、太極と理気、鬼神生死などを説いて、冠婚葬祭の礼を述べて終わる。本書は、朱子の高弟陳北渓の『性理字義』に多く依拠して記述されており、朱子学的特徴を強く示すが、なお、中世禅林以来の儒学の影響をもとどめており、著者が中世以来の儒学の伝統を継承しつつ朱子学を受容したことをうかがわせる(尺五の三教観は、儒教(朱子学)を主とするものでありながら、なお、仏教・道教をも大道として認めるものであり、そこには中世的な三教一致の思想ではないものの、なお一種の三教調和の思想が認められる点も、彼の朱子学的受容が中世以来の儒学の伝統に根ざしてなされたことを示す)。本書の成立は、著者の跋により、寛永17年であることが知られる。写本は現存せず、版本のみが存する(日本思想大系28「藤原惺窩・林羅山」解題・解説参照)。 SE02003
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〈石門〉陰陽和合和讃・地獄極楽同境和讃 【作者】寂庵作
¥2,000
★〈石門〉陰陽和合和讃・地獄極楽同境和讃 【判型】半紙本1冊。縦233粍。 【作者】寂庵作。中村徳水序。平野橘翁跋。 【年代等】嘉永2年11月序。嘉永2年12月跋・刊。刊行者不明。 【備考】分類「心学」。 SE01658
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吉書・七夕・天満書〉手本扣 【作者】川那辺良能書
¥700
〈吉書・七夕・天満書〉手本扣 【判型】大本1冊。縦247粍。 【作者】川那辺良能書。 【年代等】嘉永7年5月書。 【備考】分類「往来物」。『〈吉書・七夕・天満書〉手本扣』は、吉書始(正月の書初)や七夕・天満書(テンマガキ、書道の上達を願って天満宮に奉納する書)などの時に書く金言佳句を綴った手本。末尾に、寺子が書いた七夕の短冊も収録した(短冊と手本の出所は別)。 SE01449
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二十一箇条掟書[可相守条々](嘉永7年・大和国添上郡番匠田中村)
¥2,000
二十一箇条掟書[可相守条々](嘉永7年・大和国添上郡番匠田中村) 【判型】大本1冊。縦248粍。 【作者】不明。 【年代等】嘉永7年4月書。 【備考】分類「往来物・法制」。大和国添上郡番匠田中村(現・奈良県平和村)の植田粂吉(14歳)が使用した手習本。同地域の領民が守るべき条々を認めたもので、第1条「一、御公儀・御高札・御箇条書之通承知仕候。一々堅可奉守候…」以下、法度遵守・宗門人別・伝馬人足・帯刀・質素倹約・大酒・年貢皆済・五人組仲間の管理・田畑売買・相続・救恤など、郷村経営と秩序維持に関する21カ条を記す。本文を大字・5行・所々付訓で記す。 08社ニジュウイッカジョウオキテガキ・アイマモルベキジョウジョウ(嘉永7年・大和国添上郡番匠田中村)【往来物・法制】36 SE01021
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甲越古状揃大全[甲越古状揃](3種) 【作者】倉鼠陳人作。歌川芳綱(一登斎・一燈斎・一東斎)画。横山有裕書
¥4,880
甲越古状揃大全[甲越古状揃](3種) 【判型】大本1冊。収録順に縦256・255・256粍。 【作者】倉鼠陳人作。歌川芳綱(一登斎・一燈斎・一東斎)画。横山有裕書。 【年代等】嘉永4年5月書。安政2年7月初刊。安政6年7月再刊。[江戸]蔦屋吉蔵(紅英堂)板。 【備考】分類「往来物」。安政2年板2種を全冊収録し、安政6年後印本を抄録した。序文によれば「中昔甲斐・越後なる高名の武士来復の古文数通」を校訂して編んだもので、流布本の『古状揃』とは全く異なる。甲州の武田信玄と越後の上杉謙信にまつわる古状を集め、「祝贈謝状(武田信虎朝臣、信玄誕生之時、被謝今川家祝贈書)」から「義輝公輝虎注進状・同返書」までの19状を収録する。最初の9状は信玄の出自から台頭の経緯、第10・11状は謙信の幼少から出世まで、さらに第12状以下8状は信玄と謙信の戦闘というように、両将の生涯や甲越戦争の歴史的経緯が分かるように構成する。本文を大字・6行・付訓で記す。頭書にも詳しい解説や挿絵を置き、これら一連の歴史が的確に理解されるように工夫する。巻頭に「両将迫戦図」と合戦の舞台となった川中島周辺の絵地図を掲げる。 05歴コウエツコジョウゾロエタイゼン(3種)【往来物】122 SE00616
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女大学宝文庫(嘉永元年・大本・2種) 【作者】東南画
¥2,880
女大学宝文庫(嘉永元年・大本・2種) 【判型】大本1冊。収録順に縦241・256粍。 【作者】東南画。 【年代等】嘉永元年7月初刊([京都]亀屋弥三郎ほか板)。明治初年後印。[京都]大谷仁兵衛(津逮堂)板。 【備考】分類「往来物」。嘉永元年板も抄録した。「女大学」は、第1条「親の教え」、第2条「女徳」、第3条「男女の別」、第4条「七去」、第5条「舅姑への孝」、第6条「夫への服従」、第7条「夫の兄弟との和睦」、第8条「嫉妬と諌言」、第9条「言葉の慎み」、第10条「家事への専念」ほか、第11条「信仰について」、第12条「分限に基づく家政」、第13条「男女の隔て」、第14条「衣服の心得」、第15条「親戚付き合い」、第16条「舅姑への孝と婚姻後の心得」、第17条「家事は自らなせ」、第18条「下女を使う心得」、第19条「婦人の心の五病」で、後文には以上の条々を幼時よりよく学ぶことが女子生涯の宝となることを強調して締め括る。なお、底本は、『女大学』の本文に、前付3丁を付けて、「衣服裁ものゝ秘伝」「近江八景之図」「大和言葉」を載せ、本文上欄頭書に「女教訓身持鏡」「小笠原諸礼式」「小笠原折形之図」「六十図」「男女相生鑑」「婦人諸病妙薬」「万しみ物落し様」「化粧の仕様」を掲げる。 11女オンナダイガクタカラブンコ(2種)【往来物】72 SE01221
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女大学教文庫[婦人教訓要書](3種)
¥2,320
女大学教文庫[婦人教訓要書](3種) 【判型】半紙本1冊。収録順に縦225・222・227粍。 【作者】不明。 【年代等】嘉永3年春刊。[江戸]吉田屋文三郎ほか板。 【備考】分類「往来物」。「女今川」増補本(袋綴じ展開収録)のほか単行本や同後印本の3種を収録した(後2者は抄録)。書名は原装の別本によるが、本書は後半に「女今川」を加えた増補版。『女大学』は、第1条「親の教え」、第2条「女徳」、第3条「男女の別」、第4条「七去」、第5条「舅姑への孝」、第6条「夫への服従」、第7条「夫の兄弟との和睦」、第8条「嫉妬と諌言」、第9条「言葉の慎み」、第10条「家事への専念」ほか、第11条「信仰について」、第12条「分限に基づく家政」、第13条男女の隔て」、第14条「衣服の心得」、第15条「親戚付き合い」、第16条「舅姑への孝と婚姻後の心得」、第17条「家事は自らなせ」、第18条「下女を使う心得」、第19条「婦人の心の五病」で、後文には以上の条々を幼時よりよく学ぶことが女子生涯の宝となることを強調して締め括る。 11女オンナダイガクオシエブンコ(3種)【往来物】58 SE01210
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★〈日用重宝〉女伝心鈔(女伝心抄) 【作者】玉水画
¥6,960
★〈日用重宝〉女伝心鈔(女伝心抄) 【判型】横本1冊。縦119粍。 【作者】玉水画。 【年代等】嘉永4年1月刊。[京都]井上治兵衛ほか板。 【備考】分類「往来物」。口絵を色刷りにした別本(刊記欠)を抄録した。 11女オンナデンシンショウ★【往来物】87 SE01240
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★〈寺子往来〉童子古状揃大成[〈寺子日用〉童子古状揃](3種)
¥13,600
★〈寺子往来〉童子古状揃大成[〈寺子日用〉童子古状揃](3種) 【判型】小本1冊(また、小本2巻2冊)。収録順に縦114・118・115粍。 【作者】不明。 【年代等】嘉永3年秋刊([大阪]河内屋藤兵衛板)。嘉永4年冬再刊([大阪]近江屋善兵衛板)。 【備考】分類「往来物」。嘉永3年板2種と嘉永4年板1種を収録(嘉永3年板を袋綴じ展開で全冊収録)。『〈寺子往来〉童子古状揃大成』は、「今川状」など7種の往来物を合本した小本の往来物で、1冊本と2冊本がある。『古状揃』と称するが、実際に含まれるのは『今川制詞事』、すなわち『今川状』のみで、通常の『古状揃』とは異なる。「今川状」「商売往来」「実語教・童子教」「江戸往来」「風月往来」「消息往来」「諸職往来」の7本を収録し、本文をやや大字・5行・付訓で記す。巻頭に「天満宮」「日本能書三筆」「永字八法」、また本文中の各往来の仕切りに「物数書法」「十干十二支」「十二月異名」等の記事、巻末に「小笠原流折形図」等を載せる。 10合ドウジコジョウゾロエタイセイ-テラコオウライ(3種)★【往来物】170 SE01105
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★〈女教〉女用文章袖硯 【作者】笠亭仙果編。凌雲主人書
¥4,960
★〈女教〉女用文章袖硯 【判型】中本1冊。縦180粍。【作者】笠亭仙果編。凌雲主人書。【年代等】江戸後期(嘉永頃)刊。[江戸]山本平吉板。 【備考】分類「往来物」。「年始披露の文」から「年賀悦の文」までの40通を収録した女用文章。五節句や四季行事に関する手紙、髪置・婚礼・出産その他慶事や病気・死去・大風等の凶事に伴う手紙などの一般的な例文とともに、「衣類借に遣す文」「金子借りに遣す文」「金子断の文」「金子催促の文」「約束変改の文」のように庶民の実際生活に即した文面が目立つ。 11女オンナヨウブンショウソデスズリ★【往来物】62 SE01261
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〈民家通用〉文章早引(中本・3種)
¥4,120
〈民家通用〉文章早引(中本・3種) 【判型】中本1冊。収録順に縦179・180・179粍。 【作者】不明。 【年代等】江戸後期(嘉永5年以後)刊。[江戸]吉田屋文三郎板。 【備考】分類「往来物」。同板別本2種も抄録した。消息文例をほとんど掲げずに、消息用語と書簡作法を重点的に述べた用文章。大蔵永常編『〈民家〉文章早引大成』の冒頭部分の抄録で、各種書状における文字の位置や墨継ぎ、言葉遣い、その他書状の書き方全般について、「書札認様之有増」以下約60項目に分けて説明する。前半は消息用語や消息表現とともに書簡作法を中心に述べ、後半では、年始状・暑寒見舞状の書き方を詳細に説き、また、目録や箱などの書き方、品物名数(数量呼称)等について触れる。なお、頭書に「小野篁歌字尽」を載せる。 03消ブンショウハヤビキ-ミンカ(中本・3種)【往来物】103 SE00325
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〈嘉永訂正〉女大学操鑑[女大学みさを鑑](仙台板3種) 【作者】高埜竜書。島英琳画
¥3,440
〈嘉永訂正〉女大学操鑑[女大学みさを鑑](仙台板3種) 【判型】半紙本1冊。収録純に縦229・226・228粍。 【作者】高埜竜書。島英琳画。 【年代等】嘉永4年3月刊。[仙台]廉志堂蔵板。伊勢屋半右衛門板。 【備考】分類「往来物」。後印本も含め3種を収録。頭書「婚礼式法指南」ほか。「女大学」は、第1条「親の教え」、第2条「女徳」、第3条「男女の別」、第4条「七去」、第5条「舅姑への孝」、第6条「夫への服従」、第7条「夫の兄弟との和睦」、第8条「嫉妬と諌言」、第9条「言葉の慎み」、第10条「家事への専念」ほか、第11条「信仰について」、第12条「分限に基づく家政」、第13条「男女の隔て」、第14条「衣服の心得」、第15条「親戚付き合い」、第16条「舅姑への孝と婚姻後の心得」、第17条「家事は自らなせ」、第18条「下女を使う心得」、第19条「婦人の心の五病」で、後文には以上の条々を幼時よりよく学ぶことが女子生涯の宝となることを強調して締め括る。 11女オンナダイガクミサオカガミ-カエイテイセイ(仙台板3種)【往来物】86 SE01224