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★青葉山由来(宝永5年)
¥2,000
★青葉山由来(宝永5年) 【判型】大本1冊。縦275粍。 【作者】不明。 【年代等】江戸前期(寛永~慶安頃)作。宝永5年12月書。 【備考】分類「往来物」。袋綴じ展開収録。宝永5年本は類書中の最古本。『青葉山由来』は、「往昔、用明天皇之御時、初而築此城、頼朝公之御時、結城七郎政光国分領す。家来之者至末々居住する云々。其後、成荒城、永禄年中より国分能登守住す。天正四年正宗伯父伊達彦九郎盛重国分領す…」と起筆し、用明天皇の時代から慶長5年に伊達政宗がこの地を本拠とし、さらに翌年に築城を開始し、寛永16年に二の丸が完成し、2代忠宗が移り住んだ経緯など、青葉城の由来や繁栄ぶりを記した往来物。『仙台状』の類本中最も流布したもので、宝永三年系統(『仙台状』)と宝永5年系統(『青葉山之由来』)があるが、後者は室町後期作『富山之記』の影響が見られ、より原型に近いと考えられる。内容は、「青葉山の由来」「城内・城下の様子」「伊達政宗の御諚、御台の計らいによる酒宴遊興のありさま」「奉行所の評定」の4段と結尾の言葉から構成される。最古本の宝永5年本は、本文を大字・5行・無訓で記す。なお、本書と関連の深い往来物に『仙台記』『仙台状(仙台威風状)』『仙台状(仙台状・南部状)』がある。SE03145
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★三条西殿御息女へ文[三条西殿息女教訓](慶安2年書)
¥1,400
★三条西殿御息女へ文[三条西殿息女教訓](慶安2年書) 【判型】巻子本1軸(ただし軸欠損)。縦183粍×横3480粍。 【作者】伝三条西実隆作(仮託)。 【年代等】慶安2年5月書。 【備考】分類「往来物」。袋綴じ展開収録。『三条西殿御息女へ文』は、伝宗祇作『仮名教訓』を原型とし、江戸期を通じ『西三条殿長文』『烏丸帖』『今川了俊息女教訓文』など様々な書名で呼ばれ、異本も多種に及ぶ一群の女子教訓書の一つ。慶安2年写本は近世最古本の一つで、「ふとしてよそへこえ給ふべきにて、事しんじつめでたく覚候。申まで候はね共、身持やさしく心もおとなしやかに候て、さゞれ石のいはほと成てこけのむすまでまごひこをやしなひ、われらが行ゑをもはごくみ給ひ候はんとうちねがひ候ほどに、筆に任せ候。いづれもいづれも、いきとしいけるもの、此ことはりをしらざるものあるべからず候哉。人々に見せ給ふべからず候」と起筆し、婚礼を控えた息女へ嫁入り後の心得10カ条を諭す女文形式で綴る。第1条「慈悲・柔和・貞節」、第2条「客への応接」、第3条「召使いの指導法」、第4条「夫婦心得」、第5条「親疎隔てのない交際」、第6条「声看経の戒め」、第7条「言葉遣いと多言の戒め」、第8条「見聞の上手な執り成し」、第9条「他人の非を笑わず情け深くふるまうこと」、第10条「贈答品や所望への対応心得」を説く。近世刊本の嚆矢である承応3年以前刊『女手本〈かほよ草〉』(素証子書)以後、箇条数やその内容・配列等を変えながら、数多くの改編・改題本が生まれた。SE03124
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三賢一致書[〈新板〉三界一心記〈三賢一致書〉](寛文4年後印)
¥1,000
三賢一致書[〈新板〉三界一心記〈三賢一致書〉](寛文4年後印) 【判型】大本1冊。縦257粍。 【作者】大竜編。 【年代等】文保元年作。慶安2年初刊。寛文4年3月再刊。刊行者不明。 【備考】分類「思想」。三賢(儒・仏・神)から人間の生死を説いた書。女身不浄説を退け、夫婦和合による受胎から胎内十月の変容について記す。鎌倉末期の三道一致説を述べた啓蒙書。題注に「儒釈道の三道一致に帰するゆへに三賢一致と号す」とある。神道の諾冊二神を中心として儒釈二教との同質性を論弁したもので、陰陽二神は、易道では乾坤二儀といい、真言にては金剛胎蔵大日と称し、禅那においては第二儀門に相当すると説き、天は父、地は母、これを易では屯卦といい、仏説には父母の愛念によって六道初めて生ずると述べ、三教の本旨は一理に帰すると論じている(「日本思想史文献解題」参照)。SE02994
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三賢一致書[三界一心記](3種)
¥2,000
三賢一致書[三界一心記](3種) 【判型】大本1冊。収録順に縦257(江戸後期原装本)・255(文政板)・263(寛文板)粍。 【作者】大竜編。 【年代等】文保元年作。慶安2年初刊。寛文4年3月再刊([京都]山本久右衛門板)。文政6年再刊([大阪]河内屋長兵衛板)。江戸後期後印([江戸]英文蔵板)。 【備考】分類「思想」。原装の刊年不明板と同板の文政板、異板の寛文板の3種をこの順に収録した。三賢(儒・仏・神)から人間の生死を説いた書。女身不浄説を退け、夫婦和合による受胎から胎内十月の変容について記す。鎌倉末期の三道一致説を述べた啓蒙書。題注に「儒釈道の三道一致に帰するゆへに三賢一致と号す」とある。神道の諾冊二神を中心として儒釈二教との同質性を論弁したもので、陰陽二神は、易道では乾坤二儀といい、真言にては金剛胎蔵大日と称し、禅那においては第二儀門に相当すると説き、天は父、地は母、これを易では屯卦といい、仏説には父母の愛念によって六道初めて生ずると述べ、三教の本旨は一理に帰すると論じている(「日本思想史文献解題」参照)。SE02993
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古暦便覧(吉田光由)
¥1,240
古暦便覧(吉田光由) 【判型】大本2巻1冊。縦264粍。 【作者】吉田光由(久庵)編・序。 【年代等】慶安元年5月、久庵序。万治2年4月刊記。延宝頃後印。[京都]西村又左衛門板。 【備考】分類「暦」。由井武夫氏旧蔵書(氏のご厚意によるデジタル化)。袋綴じ展開収録。『塵劫記』の作者として知られる吉田光由が編纂した、天正4年から延宝元年までの暦。島野達雄「吉田光由の古暦便覧について」によれば、(1)「古暦」なる冊子が存在し、(2)光由がこれを訂正し「古暦便覧」2巻としたこと、(3)「古暦便覧」は戊午に始まり甲子に終わること、(4)慶安元年5月にこの序文を書き「古暦便覧」を刊行したことを序文に記す。その内容は、年を大見出しにして、十二ヶ月それぞれの、月の大小、朔(=1日)の干支、二十八宿、二十四節気や滅没(めつもつ)の日付と時刻などを記す。例えば、冒頭の天正4年の場合、「丙子、天正四、箕宿」と六十干支と二十八宿を示し、続く「三・正・十一、『家人』下離・上巽、九・七・五」は奇数月の六十四卦「家人」(家人の卦は下が八卦の離、上が八卦の巽)を表し、「二・四・六、『睽』下兌・上離、八・十・十二」は偶数月の六十四卦「睽」(睽の卦は下が八卦の兌、上が八卦の離)を表すように、1年に2つの六十四卦を割り当てる。さらに最下段に「納音、水姓、澗下」と納音(なっちん)の一つ「澗下水(かんげすい)」を示す。さらに各月の大小、十干、二十八宿、朔日その他主要日の干支、二十四節気などを記す。SE02923
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源氏小鏡(慶安4年)
¥2,940
源氏小鏡(慶安4年) 【判型】大本3巻3冊。縦264粍。 【作者】花山院長親(花山院耕雲・藤原長親)作カ。。 【年代等】慶安4年8月刊。[京都]秋田屋平左衛門板。 【備考】分類「物語」。物語梗概・注釈。著者未詳。南北朝時代の成立か。異本が極めて多く、書名も「小鏡」「源氏の注小鏡」など「小鏡」の語を含むもののほか、「源氏之目録次第」「源氏目録」のように「目録」の語を含む類、また「源概抄」「源海集」「木芙蓉」とか「源氏ゆかりの要」「源氏大概」「源氏大意」「源氏小巻」「光源氏」など孤立的な書名も多い。紫式部自作のほか、作者に藤原俊成、同定家などをあげる説は信じがたいが、耕雲(花山院長親)が勝定院足利義持に献じたという説は広く流布している。原形は14世紀中頃、二条良基の周辺で作られたと推定される。本書は『源氏大鏡』と並ぶ『源氏物語』の代表的梗概書。巻順に物語の梗概をまとめる。梗概は簡潔で、物語の和歌も主なものを引くだけであり、各巻に連歌寄合の語を収めるなどの点が、『源氏大鏡』『源氏物語提要』などと異なる。注釈書的性格も稀薄であるが、系統によっては通常の古注に見えぬ特異な解釈が増補されている。中世に流布した『源氏』原典の本文資料であり、異本系『小鏡』に見られる特異な解釈資料を含めて、『小鏡』は享受史・注釈史の上で貴重な存在であるが、異本系等に含まれる諸本はまだ充分に整理されているとは言えない(「日本古典文学大辞典」参照)。SE02681
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公事根源(慶安2年)
¥2,400
公事根源(慶安2年) 【判型】大本3巻3冊。縦270粍。 【作者】一条兼良作。 【年代等】慶安2年刊。[京都]村上平楽寺板。 【備考】分類「有職故実」。室町時代の有職故実の書。一条兼良の作。兼良が将軍足利義量の求めに応じて書いたとも、または兼良の子どものために書いたものであるともいわれている。1422年(応永29)、または翌年の成立。朝廷の公事の基本を示す儀式書であり、後醍醐天皇の《建武年中行事》を基本にし、また二条良基の《年中行事歌合》の判詞を抄出し、改題して将軍に献上したものといわれている。行事の内容を月の順序で記し、それぞれの行事の起源、沿革、特質等についてのべており、後世、盛んに利用され、注釈書も多く作られた(コトバンク)。SE02619
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聞書秘伝抄[万聞書秘伝]2
¥2,160
聞書秘伝抄[万聞書秘伝]2 【判型】大本1冊。縦251粍。 【作者】不明。 【年代等】慶安4年1月初刊。江戸後期後印。[大阪]河内屋太助ほか板。 【備考】分類「家事」。SE02502
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聞書秘伝抄[万聞書秘伝](慶安板・上巻)
¥1,400
★聞書秘伝抄[万聞書秘伝](慶安板・上巻) 【判型】大本2巻2冊のうちの上巻1冊。縦270粍。 【作者】不明。 【年代等】慶安4年1月初刊。慶安5年6月再刊。刊行者不明。 【備考】分類「家事」。上巻のみのため、正確な年号が不明だが、慶安板系統の初期刊本の端本。全54カ条からなり、目録に従えば、第1条「ほんむらさきのそめやうの事」以下に染物、第14条「よろづしみものおとしやうの事」以下に垢・浸み物の洗浄法、第19条「小がみこつぎやうの事」に紙衣(紙子)の継ぎ方、第20条「みそにやうのこと」以下に保存食品や醸造品(酒・酢・醤油・醤醢・納豆)や各種食品(飴・柚餅子その他)の製法や保存法その他関連知識、第54条「草木うゑやうの事」に野菜・果物・樹木等の栽培法を記す。そのうち、上巻には第1条「ほんむらさきのそめやうの事」から、第22条「よろづつけ物の事」までを収録する。SE02501
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改正〉翁問答(慶安3年初板本)
¥7,680
★〈改正〉翁問答(慶安3年初板本) 【判型】大本5巻5冊。縦273粍。【作者】中江藤樹作。【年代等】慶安3年6月跋。慶安3年10月刊。[京都]風月宗知板。 【備考】分類「教育」。おきなもんどう【翁問答】 中江藤樹の著書。1641年(寛永18)に成立。藤樹死後の49年に丁子屋仁兵衛より刊行された5巻5冊本が正規の最古版。翌年に訂正、再構成を行い、改正編を付載した5巻5冊本を風月宗知より出版。以後の出版はこの2系統のどれかに準拠。かな文の問答体の儒教入門書として、江戸時代の末まで広く流布した。藤樹が朱子学から陽明学に転じた時期の思想形態がうかがえる(コトバンク)。SE02190
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聞書秘伝抄[万聞書秘伝]1
¥2,400
★聞書秘伝抄[万聞書秘伝]1 【判型】大本1冊。縦253粍。 【作者】不明。 【年代等】慶安4年1月初刊。江戸後期後印。[大阪]河内屋太助板。 【備考】分類「家事」。初智艸堂旧蔵書。後半に慶安5年6月板の下巻の一部を収録した。 SE02500
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堪忍辨義抄
¥1,400
★堪忍辨義抄 【判型】大本1冊。縦273粍。 【作者】洛下愚民作・序。 【年代等】慶安4年9月序・刊。[京都]川崎久五郎板。 【備考】分類「仏教・仮名草子」。刊行地は、序文に「洛下愚民」とあることによる推定。SE02472
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〈校正〉翁問答(宝永6年)
¥3,700
〈校正〉翁問答(宝永6年) 【判型】大本5巻合1冊。縦259粍。 【作者】中江藤樹作。 【年代等】慶安3年6月門人序・初刊。宝永6年5月再刊。[京都]吉野屋権兵衛板。 【備考】分類「教育」。袋綴じ展開収録。『翁問答』は、中江藤樹の著書。1641年(寛永18)に成立。藤樹死後の49年に丁子屋仁兵衛より刊行された5巻5冊本が正規の最古版。翌年に訂正、再構成を行い、改正編を付載した5巻5冊本を風月宗知より出版。以後の出版はこの2系統のどれかに準拠。かな文の問答体の儒教入門書として、江戸時代の末まで広く流布した。藤樹が朱子学から陽明学に転じた時期の思想形態がうかがえる(コトバンク)。5巻または2巻。儒学。寛永17~18年の作で、同20年に京都で刊行。藤樹はこれを捨て、後しばしば改筆。慶安2年本は誤字脱簡多く、慶安3年、改正編を付して刊行。さらに翌4年より天保2年まで刊本多数。天君という老翁と体充という門下が人間の道について問答したのを傍らで聞き、仮名まじり文で記した、という体裁をとるが、もちろん虚構で、藤樹の自作。人間の身の内には孝徳・明徳・良知という天下無双の霊宝があり、その命に従って行動し、神明に仕えるならば天下国家はよく治まるという。孝は宇宙の本源たる太虚と一体であり、『孝経』にもとづいて、天子・諸侯・卿大夫・士・庶人それぞれの孝を述べる。俗儒のように経書の文字訓詁を記憶する学問ではなく、経書の心を師とすべしとする。心学・心法という語を多用し、良知を強調するのは陽明学の影響であるが、中国明末における三教(儒・仏・道)一致の思想の影響を深く受けつつ、宗教的な立場を根底として人倫を説き示す(「日本古典文学大辞典」参照)。SE02192
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〈改正〉翁問答(天保板後印)
¥4,480
〈改正〉翁問答(天保板後印) 【判型】大本5巻4冊。縦255粍。 【作者】中江藤樹作。 【年代等】慶安3年6月補・初刊([江戸]山本九左衛門開板)。天保2年8月補刻([江戸]小林新兵衛板)。明治初年後印。[東京]福田屋勝蔵ほか板。 【備考】分類「教育」。末尾に別本(明治期後印本)を抄録した。おきなもんどう【翁問答】 中江藤樹の著書。1641年(寛永18)に成立。藤樹死後の49年に丁子屋仁兵衛より刊行された5巻5冊本が正規の最古版。翌年に訂正、再構成を行い、改正編を付載した5巻5冊本を風月宗知より出版。以後の出版はこの2系統のどれかに準拠。かな文の問答体の儒教入門書として、江戸時代の末まで広く流布した。藤樹が朱子学から陽明学に転じた時期の思想形態がうかがえる(コトバンク)。SE02191
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謡之秘書
¥1,000
謡之秘書 【判型】大本1冊。縦275粍。 【作者】不明。 【年代等】慶安5年9月刊。[京都カ]花屋喜兵衛板。 【備考】分類「謡曲」。冒頭・巻末に破損あり。 SE02037
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飛鳥川[飛鳥川物語](2種)
¥3,320
飛鳥川[飛鳥川物語](2種) 【判型】大本3巻3冊。収録順に縦256・252粍。 【作者】識丁子三柳(中山忠義)作・序。 【年代等】慶安元年5月序。慶安5年6月刊。[京都]村上平楽寺板。写本は同刊本n写しで、文久2年2月書。 【備考】分類「随筆」。慶安板とその写本を全冊収録した(刊本は袋綴じ展開収録)。『飛鳥川』は、3巻3冊、随筆、中山三柳著、慶安元年成立(序)、同5年6月、京都・村上平楽寺刊。上巻36条、中巻31条、下巻19条より成る。内容は、徒然草風の筆致と武辺噺の趣をもって述べられる随筆。儒釈道三教一致の立場を標榜するが、その赴く所は儒であり、特に朱子学にある。上巻は、人事社会・語源など万般についてとりあげ、陰陽・太極について理気の説を中心に説明している。中巻は、自然現象・天地・気候・暦日より始めて、茶道等について述べる。下巻は、儒学的合理主義に基づいて、怪異や神秘の現象を説き明かし、狐狸の業や奇蹟などの恐るべきでないことを啓蒙している。終わりに三綱五常の重んずべきことと、性・情・意・志気の別を述べ、道に常と権の差があり、法に死と活の違いのあることを説いて結ぶ。著者三柳は儒医で、後水尾天皇の脈をとるなど、名医の聞こえがあった。他に『醍醐随筆』などの著がある(「日本古典文学大辞典」参照)。/徒然草風の随想的和文随筆。儒道に基づく教訓的章段を主としつつ、見聞に基づく味のある話が多い。上巻:人の心を惑わすものは金銀貨財にしくはなし(「一年の中天下に誅せらるゝものをしるしみたらんは貨財のために死けんもの十は八九に居らむ」)。関白秀吉は寛仁大度の器量により天下を取ったという古老の話。明智光秀が本能寺攻撃の際に何も知らぬ後陣の武士どもが大津より伏見に出て山崎越えの道をとったために合戦に遅れたという、当時の老武者の話。中巻:親より譲られた方二町の地に桐を植えて繁栄した大坂の桐屋。種々のまじないを否定する話。下巻:寛永7年和州法蓮村の念仏僧が死期を予知した話(愚と信と相応したもので不思議に非ずとする)。種々の怪異譚を否定する話。論語、顔子の楽について「内省不疚夫何憂何懼」の自説(「そばつらなる事にやありけん」)(西尾市岩瀬文庫・古典籍書誌DB)。 SE01854
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★女鏡秘伝書[をむなかゝ見](慶安3年) 【作者】野田弥兵衛作か
¥8,160
★女鏡秘伝書[をむなかゝ見](慶安3年) 【判型】大本3巻3冊。縦278粍。 【作者】野田弥兵衛作か。 【年代等】慶安3年5月刊。[京都]野田弥兵衛(橘屋弥兵衛・合哺堂・庸春)板。 【備考】分類「往来物・仮名草子」。江戸前期の代表的な女訓書で、江戸中期まで何度も板行された。序文によれば、本書は「夫婦の間」をよりよく保つために編んだもので、朝晩見る鏡のように本書を座右の書にせよと諭す。上巻「一、五しやう三じうの事」以下三四項は女性の教養や衣裳・化粧等の心得、中巻「一、ふみの書やう上中下の事」以下三五項は書札礼と婚礼全般、下巻「一、おとこ・をんなわかうせぬときの事」以下51項は産前・産後の心得、通過儀礼、食礼、養生について述べる。ほとんど仮名書きの本文をやや小字・11行・所々付訓で記す。本書は、女性に必要な教養全般を具体的に詳述した近世最初の文献であり、特に近世最初の女性書札礼としても重要。また、本書の記述には万治3年刊『女式目』と共通する部分が多く見られる点も注目される。板種の大半が江戸前期刊本で、慶安3年板を初刊として、慶安5年板、承応元年板、万治2年板、寛文10年板、延宝3年板、延宝6年板、元禄5年板、江戸前期板のほか、長谷川光信の挿絵を入れた明和4年刊『〈当用躾方〉女鏡秘伝書改成』等の諸本がある。 11女ジョキョウヒデンショ・オンナカガミ(慶安3年)★【往来物・仮名草子】102 SE01285
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★貞徳文集[貞徳文章] 【作者】松永貞徳(勝熊・逍遊軒・明心・長頭丸・延陀丸)作
¥14,320
★貞徳文集[貞徳文章] 【判型】特大本2巻2冊。縦320粍。 【作者】松永貞徳(勝熊・逍遊軒・明心・長頭丸・延陀丸)作。 【年代等】慶安3年2月刊。[京都か]刊行者不明。 【備考】分類「往来物」。袋綴じ展開画像を合成。『貞徳文集[貞徳文章]』は、江戸初期の代表的歌人・俳人である松永貞徳が私塾門弟用に編んだ手本。貞徳は、慶長末年から自宅に私塾を開いて庶民子弟の教育にも携わったが、本書はそこで用いられた手本で、実用的な消息文例集を集めた先駆的な往来として重要。上巻に1~6月の消息例文91通、下巻に7~12月の83通の、合計174通を収録。例文は極めて多彩で、連歌・香道・詩歌・碁・茶の湯・書画・誹諧・琵琶・能・音律など諸芸能、また、読書・漢学・暦法・占い・兵法その他の教養や、節句・参詣・花見・鷹狩り、その他四季行楽、寺社祭礼や普請・法事、年中行事故実、取引売買、注文・調達依頼、職人雇い入れ、馬具・茶道具等の貸借・購入、花火製法、表具依頼、薬種・酒・舶来の葡萄酒にまつわる手紙、季節の会合、招待・訪問、料理・接待、病気平癒、念仏修行、婚礼その他通過儀礼、水害見舞い、献上品、公務、農村経営等を主題としたもので、京都における教養人や上流階級の往事の生活を彷彿とさせる。本文を大字・6行で綴り、任意の語句に片仮名の読みを付す。なお、『貞徳文集』の書名は早く『万治2年書目』に見え、『寛文10年書目』からは『貞徳文章』と改められているが、『延宝3年書目』では、『貞徳文章』と『貞徳文集』の2本(いずれも2冊本)が並記されているため、両者が別内容であった可能性もある。 03消テイトクブンシュウ・テイトクブンショウ★【往来物】179 SE00272
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★万字尽[万うをづくし并貝尽ほか](慶安4年以前・2種) 【作者】不明
¥4,000
★万字尽[万うをづくし并貝尽ほか](慶安4年以前・2種) 【判型】大本1冊。収録順に縦259・259粍。 【作者】不明。 【年代等】慶安4年以前刊。[京都か]水野庄左衛門板。 【備考】分類「往来物」。『万字尽』は、江戸前期に数種刊行された語彙科往来。底本は書き入れから慶安4年以前初刊。慶安以前刊本は大本1冊、元禄頃刊本は半紙本1冊で、いずれも「万うをつくし并貝尽」「万鳥つくし」「万木名つくし」「万花名つくし」「獣つくし」「八百屋物つくし」「万虫つくし」の7分類で語彙を列挙した往来。各語を大字・4行(1行6字)・付訓で綴る。万治頃刊『累用字尽』の流れを汲む分類字尽型の往来である。慶安以前刊本の原題は不明だが、元禄頃刊本は方形に近い題簽の右半分を目録の代用とし、「一、うをつくし、一、はなつくし、一、かいつくし…」のように細目を3段書きにする。 02語ヨロズジヅクシ・ヨロズウオヅクシナラビニカイヅクシホカ(慶安4年以前・2種)★【往来物】36 SE00150