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駿河状(文政12年書)
¥700
駿河状(文政12年書) 【判型】半紙本1冊。縦241粍。 【作者】間宮喜平次作。成田伝三郎書。 【年代等】慶長17年作。文政12年12月書。 【備考】分類「往来物」。『駿河状』は、『駿河往来』『駿府往来』『駿府状』『駿河八景』などの異称を持つ地誌型往来の先駆と目される往来物。内容は、(1)駿府城を中心とした東西南北それぞれに所在する神社や名所旧跡、それらの景趣・縁起等、(2)駿府城の威容と結構、(3)慶長一七年正月、同城における年頭の儀式次第等について記す。特に(3)について、年頭にあたり大御所(徳川家康)に伺侯する全国の諸大名、諸宗の僧侶、大坂・堺・奈良・伏見・京都・長崎・江戸・駿河の町人等を詳述するのが特徴。また本往来は、江戸前期より明治初年に流布した寛文9年刊『江戸往来』の構成と内容と深い関わりがある。江戸前期に数種の板種が見られるが、初刊本と目される明暦四年板は「抑駿河国府中与申者、多景一入無限、先東者、八幡・清水寺、愛宕山者峙巌松、諸木連枝、南者、滄海漫々無果…」で始まる本文を大字・四行・無訓で記す。また、識語に「慶長十七年孟春日、右之一巻者、於駿河国、間宮喜平次為覚書畢」とある。なお、本書から駿府およびその周辺の名所旧跡等の記述のみを抽出した簡略版に『駿府周覧』(謙堂文庫蔵)がある。SE03207
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〈再板〉古刀銘尽大全
¥5,680
〈再板〉古刀銘尽大全 【判型】半紙本8巻4冊。縦226粍。 【作者】不明。 【年代等】慶長16年3月作。万治4年3月、元禄15年1月校訂。元禄15年1月初刊。安永7年1月再刊。[京都]銭屋庄兵衛ほか板。 【備考】分類「刀剣」。 SE02884
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〈再板〉古今銘尽大全(2種)
¥4,800
〈再板〉古今銘尽大全(2種) 【判型】半紙本8巻4冊。縦226・229粍。 【作者】不明。 【年代等】慶長16年3月作。万治4年3月、元禄15年1月校訂。元禄15年1月初刊([江戸]利倉屋喜兵衛板)。安永7年1月再刊([京都]銭屋庄兵衛ほか板)。 【備考】分類「刀剣」。袋綴じ展開収録。状態の良い再板4冊本を全冊収録し、初板8冊本も抄録した。『古今銘尽大全』は、『古今銘尽』は『秘談抄』『秘伝抄』、その他の古伝書を集成した刀剣鑑定辞典。万治4年に研師兼鑑定家の竹屋理安により発行されたもので、刀匠の銘尽、系譜、秘伝、刃文、茎の図示などを含み、「往昔抄」の押形なども多く採用している。『古今銘尽大全』は、貞享4年に新たに代付表が追加されたもので、さらに享保元年に『古今銘尽』に戻った。『古今銘尽』が慶長8年までの作品を掲載しており、これ以前を古刀と呼ぶことになった(「名刀幻想辞典」HP)。刀剣目利きの書。全七巻五冊。江戸時代を通じ最も権威があった。慶長16年(1611)版をはじめ、何度も版を重ねた(三省堂・大辞林)。SE02837
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古今銘尽[古今銘尽大全](享保2年)
¥4,520
古今銘尽[古今銘尽大全](享保2年) 【判型】大本7巻6冊。縦265粍。 【作者】竹屋理安編か。 【年代等】慶長16年3月作。享保2年1月刊。[京都]田中庄兵衛板。 【備考】分類「刀剣」。江戸時代を代表する刀剣鑑定書。1巻「系図秘談抄」(巻頭に序・惣目録、続いて、「京三条宗近一流系図」から「薩摩国谷山郡波平(ナミノヒラ)物之系図」までの諸系図、慶長16年3月奥書)。2巻「番鍛冶(番鍛冶之次第)」(番鍛冶(鎌倉初期、後鳥羽上皇に召されて1カ月ずつ院の御所に上番した諸国の刀工。御番鍛冶)を始め、隠岐国番鍛冶、諸国一代鍛冶等。慶長16年3月識語)。3巻「見様之事・目利(上:1-23丁)」(大和物から備前物までの目利概説)。4巻「見様之事・目利(下:24-50丁)」(備前物(続き)から北国物までのの目利概説。慶長16年3月識語および万治4年3月、[京都]小島市郎右衛門板の旧刊記)。5巻「作惣名(作惣名次第)」(作惣名次第等、および鑢之次第等の図解)。6巻「心形像押形(上:1-23丁)*底本は6・7巻合本」(山城物から備前物までの押形)。7巻「心形像押形(下:24-46丁)」(備前物(続き)から薩摩物までの押形。慶長16年3月識語)。象山堂HPによれば、本書の著者は竹屋理安で、慶長16年の書がある秘伝をもとに万治4年(1661)に著者によって発行された。内容は銘、系譜、秘伝、刃文、茎など。貞享4年にはあらたに代付表が追加されて『古今銘尽大全』になり、さらに享保元年に『古今銘尽』に戻った(『古今銘尽』が慶長8年(1603)までの作品を掲載するため、これ以前を「古刀」とするようになったという。刀剣目利きの書。全七巻五冊。江戸時代を通じ最も権威があった。慶長16年(1611)版をはじめ、何度も版を重ねた(三省堂・大辞林)。 SE02836
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闕疑抄(伊勢物語闕疑抄)
¥3,440
闕疑抄(伊勢物語闕疑抄) 【判型】大本5巻2冊揃。縦266粍。【作者】細川幽斎(藤孝)作・跋。也足叟素然(中院通勝)跋 【年代等】文禄5年2月作・自跋。慶長2年10月、也足叟素然跋。万治2年8月刊。[京都]吉野屋権兵衛板。 【備考】分類「注釈」。 SE01942
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延寿養生伝(延寿養生、延寿撮要)
¥2,880
★延寿養生伝(延寿養生、延寿撮要) 【判型】小本1冊。縦155粍。【作者】曲直瀬玄朔作・序。 【年代等】慶長4年5月序・初刊。万治3年7月序・再刊。文化13年12月再刊。[江戸]北島順四郎ほか板。 【備考】分類「医学」。万治板の版木を流用し、万治板の半丁を1丁仕立てに直してある。冒頭・末尾の丁は原本通りの画像を納めたが、本文各丁は半丁毎に掲載した。SE02135
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★腰越申状・くゝみ状[義経含状](慶長19年) 【作者】永松助左衛門(松慶、57歳)書。
¥1,400
★腰越申状・くゝみ状[義経含状](慶長19年) 【判型】大本1冊。縦268粍。 【作者】永松助左衛門(松慶、57歳)書。 【年代等】慶長19年8月書。 【備考】分類「往来物」。永松又六所持本。識語に「筆者五十七才、永松助左衛門入道、松慶」と記す。前半に「腰越(申)状」、後半に「くゝみ状[義経含状]」を収録した手習本。「腰越(申)状」は、前内大臣平宗盛父子を捕らえた義経が鎌倉に入ろうと腰越に到着したところ、先の八島の合戦での逆櫓をめぐる口論で恨みを持つ梶原景時が頼朝に讒言し、兄頼朝の怒りを買ったことに対し、自らの功績を列挙し兄をないがしろにする気持ちのないことを、大江広元宛てに切々と述べたもの。、また、「くゝみ状(義経含状)」は、幼少のころ清盛によって遠国に追放され、艱難辛苦の末、平家追討の大役を果たしたが、梶原景時の讒言によって今このような不運を受けることになったという想いを、兄頼朝に向けて述懐したもの。 SE01399
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★賢済往来(慶長10年) 【作者】助左衛門(賢実、48歳)書
¥2,800
★賢済往来(慶長10年) 【判型】大本1冊。縦252粍。 【作者】助左衛門(賢実、48歳)書。 【年代等】室町中期作。慶長10年6月書。 【備考】分類「往来物」。『賢済往来[賢才往来]』は、武家奉公の心得に終始する6双12状の手紙模型文から成る古往来。第1状で武家奉公の道について尋ね、第2状で奉公の道が「正直」に尽きる旨を説くように、奉公する者の心得・教養・芸能、戦場での心得、分限に応じた処世法など、中世後期の武家子弟の有事・平時の心構え全般を諭す。第4状では「『童子教』云、生而無貴者、習終成智徳云々」と、『童子教』を引いて学問の大切さを諭す。底本は、助左衛門(賢実)48歳が永松天清丸のために認めた手本で、同筆・同時期に天清丸が使用した古写本『手習往来』も家蔵する。『賢才往来[賢才往来]』は、本書を含め3点となったが、従来から知られていた『賢才往来[賢才往来]』には、三次市立図書館本と西尾市立図書館本の2本がある。三次本『賢済往来』は大字・7行・無訓(所々返り点・送り仮名)で綴り、奥書に「持主・元智/南無阿弥陀仏一遍奉契候、嗚呼。筆者(在判)」と記す。また、西尾市立図書館(岩瀬文庫)本『賢才往来』は本文を大字・5行・無訓で認め、筆者および書写年月を全く記さないが、室町末期書と推測される。同書は三次本の第5・6状に相当する2状を欠くほか、文章や使用語彙についても三次本と異同が目立つが、両者のいずれが古態かにわかに決しがたい。底本の慶長10年本は、三次本と同じ書名で全6双12状を完備する。 01古ケンサイオウライ(慶長10年)★【往来物】20 SE00009