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★女文宝智恵鑑(女用文章単独版)
¥3,120
★女文宝智恵鑑(女用文章単独版) 【判型】大本1冊。縦261粍。 【作者】北尾政美(赤羽紹真・子景・三二郎・鍬形斎・心斎)作・画。 【年代等】寛政3年9月刊。[江戸]前川六左衛門板(百人一首増補版*女用文章単独版は刊年不明)。 【備考】分類「往来物」。袋綴じ展開収録(見開き図再掲)。『女文宝智恵鑑』には、百人一首増補版と女用文章単独版の2種あるが、底本は後者に相当するもの。まず、女用文章単独版は、北尾政美編、天明9年刊『女文章四季詞鑑』の増補・改題本で、巻頭に色刷口絵など7-8丁を増補したもので、収録順に「『源氏物語』桐壺の巻」「同空蝉の巻」「同夕顔の巻」(以上色刷)と「清少納言」「貴船」「女教訓平生かゞみ」「『伊勢物語』八橋故事」「小野小町」「卜部兼直」「大江の姫」「大中臣父子」等の記事を掲げ、続いて『女文章四季詞鑑』の前付および本文をそっくり合綴する。すなわち、用文章本文は「初春祝義之文」から「歳暮寿之返事」までの29通を収録し、例文は書名の通り四季の挨拶・風物・行事にまつわるものが大半を占め、「雷見舞之章」「祭礼見物之文」「年わすれ催之文」なども含む。年始・年末等の例文に散らし書きを採用するが、多くは大字・5行・無訓の並べ書きである。また、例文毎に目次と共通した印(花や草木の図柄)を付けるのも特徴。また、付録記事にも独自の内容が少なくなく、前付・頭書等に「和歌の事」「女風俗躾時」「里海士人麿像」「男女相性」「賢女四季之和歌」「女中名五姓により善悪の事」「婚礼之図式」「香道たしなみの事」「松之目出度謂」「娘を五文字云説」「教訓手ならひ短歌」「躾方教短歌」「我儘育教短歌」「国尽を習べき事」「大日本国尽」「苗字の文字を習給ふべき事」「苗氏文字尽」「花咲草木の字を嗜おぼへ給ふべき事」「四季花の名づくし」「十二月之異名并引うた」「松之異名和歌之詞」等を掲げる。なお、百人一首増補版の『女文宝智恵鑑』は、以上に続けて本文に「百人一首」と「女今川(貞享板系統)」、また、頭書に「牽牛・織女の図」「七夕のうた」「和歌三十六歌仙」「源氏物語引歌香図」「女手習状絵解」「十二月和歌」、さらに後付に「修行和歌の伝」「書芸修行の和歌」、再び頭書に「男女日用日頃草」を載せる。SE03406
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★〈改正増補・商家〉問屋往来(2種)
¥2,000
★〈改正増補・商家〉問屋往来(2種) 【判型】中本1冊。収録順に縦183・179粍。 【作者】長友松軒作。 【年代等】宝暦13年以前作。安永8年9月刊([江戸]伊勢屋治助板)。寛政6年6月再刊([江戸]鶴屋喜右衛門板)。 【備考】分類「往来物」。安永板と寛政板の2種を全冊袋綴じ展開収録(見開き図再掲)した。『〈改正増補・商家〉問屋往来』は、明和3年刊『〈甲谷〉問屋往来』とは別内容の往来物。単行版は安永板が現存最古だが、既に宝暦13年刊『新編書札指南』(長友松作・書)の頭書に見えるから、本書は明和3年刊『〈甲谷〉問屋往来』に先駆けて成立した『問屋往来』と考えられる。「京、江戸、大坂、長崎、松前、津軽、南部御客方、段々御出、数多之注文相渡、染地、地廻、反裁、播州、川西、姫路、周防、阿波印付等相調…」で始まる全1通の手紙文に見立てて、諸国の港や問屋の取引商品名(被服、小間物、紙類、生産道具、家財道具、雑具、絵具など)などを列挙する。本文を大字・五行・付訓で記す。巻頭に問屋商や荷船の図を掲げ、頭書に「諸職家名尽」「古銭図鑒」「十二月異名」「不成就日」「十干十二支」の記事を載せる。なお、文化14年板『御成敗式目』(江戸・鶴屋喜右衛門板)広告によれば、角書の「商家」は「あきびと」と読む。SE03324
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★〈大師河原〉矢口詣
¥1,400
★〈大師河原〉矢口詣 【判型】中本1冊。縦187粍。 【作者】高井蘭山(伴寛・思明・文左衛門・三遷・哂我・宝雪庵)作。 【年代等】寛政6年10月刊。[江戸]花屋久治郎(星運堂)板。 【備考】分類「往来物」。『〈大師河原〉矢口詣』は、「兼而申合候矢口詣、弥(いよいよ)明後日と相定候…」で始まる手紙文形式で、日本橋から武蔵国荏原郡矢口村(東京都大田区)・新田大明神(矢口新田霊社)に参詣し、さらに御殿山に戻る沿道の名所旧跡・神社仏閣の景趣や縁起等を記した往来。増上寺・泉岳寺・御殿山・東海寺・海晏寺・鈴の森八幡・玉川弁財天・大師河原平間寺などを順々に紹介し、続いて新田義貞の二男・義興が謀殺された矢口の渡しの故事や、新田大明神の由来・故実を触れ、さらに帰路の名所若干に言及する。本文を大字・5行・付訓で記す。巻頭に品川宿から新田大明神までの主要な名所風景図、頭書に「十二月風景図」「十二月詩歌」、巻末に「二十八宿年中晨昏夜半中星」を掲げる。SE03284
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★〈百瀬〉都名所(寛政10年)
¥1,400
★〈百瀬〉都名所(寛政10年) 【判型】大本1冊。縦273粍。 【作者】百瀬雲元(久直・譲)書。 【年代等】寛政10年5月書・刊。[江戸]前川六左衛門板。 【備考】分類「往来物」。袋綴じ展開収録。『〈百瀬〉都名所』は、宝永4年刊『わかみどり』上巻とほぼ同文を大字・三行・無訓で記した百瀬流手本。「桓武天皇の御時より此京始り、四神相応の地にして、殊更かしこき君の御まつりこと…」で始まる七五調の文章で、京都の名所旧跡を紹介する。SE03280
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★〈童子重宝〉都名所往来(2種)
¥3,960
★〈童子重宝〉都名所往来(2種) 【判型】半紙本1冊。収録順に縦224・224粍。 【作者】不明。 【年代等】寛政10年7月初刊([京都]丸屋源八良ほか板)。文政13年5月再刊([京都]蓍屋宗八ほか板)。 【備考】分類「往来物」。寛政板と文政板の2種を全冊袋綴じ展開収録した。『〈童子重宝〉都名所往来』は、寺社を主とする京都の名所旧跡とその縁起・故実・祭礼等を記した往来。鈴鹿定親作・延宝3年刊『都名所往来』を大幅に簡略化したもの。同本文から庶民に不要な文言、その他を随所で削除したほか、延宝板本文の「延宝二年迄八百九十二年也」を「寛政十戊午年迄凡千五年也」と当代にふさわしく改めた。寛政板には後半に「風月往来」(再板本では削除)を合綴する。本文を大字・5行・付訓で記す。頭書に「書初詩歌」「七夕詩歌」「詩歌書法」「天満書(二字~五字之分)」「大日本国尽」「京町尽」、巻頭に「渡唐天神像」等の口絵2葉、さらに巻末に「十干・十二支」を掲げる。SE03278
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★長雄都登〈并近江八景歌・国づくし〉
¥2,000
★長雄都登〈并近江八景歌・国づくし〉 【判型】大本1冊。縦270粍。 【作者】長雄東雲(弘孝)書。。 【年代等】寛政9年7月書。寛政9年8月、大浦重平(東栄)跋・刊。[江戸]大和田安兵衛板。 【備考】分類「往来物」。袋綴じ展開収録。『長雄都登〈并近江八景歌・国づくし〉』は、「都登」「近江八景和歌」「諸国(国尽)・外国」から成る長雄流の陰刻手本。「都登」は、「寔に四つの海静に戸さゝぬ御代の尓此時、我と同心のともから一両輩相催し、皇都一見いたし度候…」と書き始め、品川から京都までの東海道の宿駅を「五十次に余る長の旅、所躰つくろふ品川や、川崎越てよき神奈川の、急く程谷戸塚はと…」のような七五調の文章で綴った往来。近世流布本『東海道往来』を若干改めたもの。また「近江八景和歌」は、「思ふそのあかつきちきるはしめそと、まつきく三井の入あひのかね」(三井晩鐘)以下の和歌を散らし書きにしたもの。「諸国・外国」は、「日本国尽」と「唐土・新羅・百済…」から「…朝鮮・韃靼・阿蘭陀」までの諸外国名を列記したもの。いずれも大字・4行・無訓で綴る。なお、本書「都登」の本文に種々の記事を付けた『〈東海道〉都路往来』が、文化7年に刊行された。SE03242
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長雄竜田詣・紀の路(高精細)
¥1,000
長雄竜田詣・紀の路(高精細) 【判型】大本1冊。縦273粍。 【作者】長雄東雲(数楽東雲)書。 【年代等】寛政3年5月書。寛政3年5月、川田東州跋・刊。[江戸]山崎金兵衛板。 【備考】分類「往来物」。『長雄竜田詣・紀の路』(題簽違い本は『長雄春日詣・紀の路』)は、長雄東雲の門下である15歳の少女・川田東州の求めに応じて東雲が書き与えた手本を上梓した陰刻手本。前半に『竜田詣』、後半に『紀の路』を収録する。前者は流布本『竜田詣』と同様だが、雅語を含む形容句がやや増え、特に立田山周辺の情景描写など記述の増補も目立つ。奈良・春日大社、興福寺、東大寺から立田山、法隆寺、三輪山、多武峯、吉野山、笠城山、金剛山、当麻寺から天王寺、亀井の水、雲竜堂を回り、大坂城下に一泊し、さらに八幡宮、神宮寺、女郎花の塚、山崎宝寺、水無瀬川へ到るコースで綴る。また『紀の路』は、享和年間刊『和歌浦名所文章』とほぼ同文で、高松を出発して、鯨岩・亀岩・鶴立島・養珠寺を始めとする和歌の浦周辺の名所旧跡を観光し、黄昏の頃に西浜通りから帰る順路を紹介する。本文を大字・4行・無訓で記す。なお、寛政3年5月の跋文に「川田氏の女十五歳、東州謹書」と記す。SE03241
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★長雄京町尽〈并国尽〉[皇都町尽]
¥2,000
★長雄京町尽〈并国尽〉[皇都町尽] 【判型】大本1冊。縦262粍。 【作者】百瀬耕元(久継・子延・南谷山人)・数楽耕想(長雄耕想・昌明)書。 【年代等】寛政10年6月、百瀬耕元書(京町尽)。寛政11年3月、数楽耕想書(国尽)。寛政11年4月、羽富信(近義)序・刊。[京都]蓍屋宗八ほか板。 【備考】分類「往来物」。袋綴じ展開収録。『長雄京町尽〈并国尽〉[皇都町尽]』は、前半に寛政10年6月、耕元筆の「京町尽(皇都町尽)」、後半に寛政11年3月、数楽耕想筆の「国尽」を収録した長雄流手本。うち前者は流布本『京町尽』とは異本で、「建仁寺町・北縄手・大和大路・宮川町・伏見海道・骨屋町・大黒町・森下町・鞘町・問屋町…」と起筆して京都の町名を列挙する。後者は、五畿七道別に国名を列挙したもの。いずれも本文を大字・3行・無訓で記す。SE03240
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★長雄春日詣[竜田詣]・紀の路(2種)
¥2,440
★長雄春日詣[竜田詣]・紀の路(2種) 【判型】大本1冊。収録順に縦272・272粍。 【作者】長雄東雲(数楽東雲)書。。 【年代等】寛政3年5月書。寛政3年5月、川田東州跋・刊。[江戸]山崎金兵衛板。 【備考】分類「往来物」。題簽違い本2種を全冊収録(袋綴じ展開収録)。『長雄春日詣[竜田詣]・紀の路』は、長雄東雲の門下である15歳の少女・川田東州の求めに応じて東雲が書き与えた手本を上梓した陰刻手本。前半に『竜田詣』、後半に『紀の路』を収録する。前者は流布本『竜田詣』と同様だが、雅語を含む形容句がやや増え、特に立田山周辺の情景描写など記述の増補も目立つ。奈良・春日大社、興福寺、東大寺から立田山、法隆寺、三輪山、多武峯、吉野山、笠城山、金剛山、当麻寺から天王寺、亀井の水、雲竜堂を回り、大坂城下に一泊し、さらに八幡宮、神宮寺、女郎花の塚、山崎宝寺、水無瀬川へ到るコースで綴る。また『紀の路』は、享和年間刊『和歌浦名所文章』とほぼ同文で、高松を出発して、鯨岩・亀岩・鶴立島・養珠寺を始めとする和歌の浦周辺の名所旧跡を観光し、黄昏の頃に西浜通りから帰る順路を紹介する。本文を大字・4行・無訓で記す。なお、寛政3年5月の跋文に「川田氏の女十五歳、東州謹書」と記す。SE03239
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★〈文政再版〉続江戸往来(中本)
¥1,400
★〈文政再版〉続江戸往来(中本) 【判型】中本1冊。縦183粍。 【作者】勝間竜水原作。 【年代等】中本は寛政7年初刊([江戸]蔦屋重三郎板)、文政年間再刊([江戸]森屋治兵衛板)。 【備考】分類「往来物」。『続江戸往来』の初板本は大本の宝暦5年板で、勝間竜水作・書。底本は中本で、寛政7年板の再板本。内容は、寛文9年刊『江戸往来』の続編として作られた往来物で、江戸府内における町々の様相、各町で働く諸職・諸商・諸芸のもの、生産ないし商取引物資の名称、名所旧跡・神社仏閣といった庶民生活に関する記事が詳しく、反面、武家の活動や生活にほとんど触れない点で、『江戸往来』と対照的である。「夫、武江之繁栄、市中之工商、並軒継甍町数凡及千七百余町歟…」で始まる冒頭で江戸の繁栄を謳った後、(1)江戸府内の町名と各町の商店、(2)江戸近郷の物産、(3)手工業の種類、(4)普請方、(5)諸商品の品目、(6)遊民の類、(7)町医者、(8)儒者・軍学者・連俳の宗匠、(9)筆道・手跡・算術の師匠、(10)社寺の賑わい、(11)諸遊芸の師匠、(12)江戸の殷盛と四季の遊覧、(13)四民ともに法度を守るべきことを記す。底本は、寛政7年板と付録記事が異なり、巻頭に漢籍からの「金言絵抄」(2葉)、頭書には「民家必用占」を掲げる。SE03215
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★〈新鐫〉雑司谷詣
¥1,400
★〈新鐫〉雑司谷詣 【判型】中本1冊。縦187粍。 【作者】高井蘭山(思明・伴寛トモヒロ・三遷・哂我シンガ・宝雪庵)作。山章水(燕山)書。 【年代等】寛政7年頃刊。[江戸]花屋久次郎(久治郎・星運堂)板。 【備考】分類「往来物」。『〈新鐫〉雑司谷詣』は、雑司ヶ谷(東京都豊島区)・鬼子母神と、筋違橋より鬼子母神に詣で、さらに淀橋・内藤新宿に至る沿道の名所旧跡・神社仏閣の景趣・縁起等を記した往来。「時雨する空も晴れは長閑にて、冬を忘るゝ小春月、当十三日は祖師日蓮の会式とて、貴賤袖をつらね、かの宗の寺院に詣す…」と筆を起こし、神田明神・神田川・江戸川・新長谷寺・目白不動・護国寺・本性寺・西方寺・穴八幡・法明寺・鬼子母神・妙法寺などを順々に紹介する。本文を大字・5行・付訓で記す。巻頭に「鬼子母神周辺図」「日蓮上人の弟子六老僧」「八境」等、頭書に「諸国神社考略」を掲げる。SE03214
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★新編王子詣[〈新編〉王子詣](2種)
¥2,000
★新編王子詣[〈新編〉王子詣](2種) 【判型】中本1冊。収録順に縦182・181粍。 【作者】朝輝斎千春作。常英斎画。 【年代等】寛政10年7月書・初刊([江戸]花屋久治郎(星運堂)板)。文政4年8月再板([江戸]山口屋藤兵衛(錦耕堂)板)。 【備考】分類「往来物」。寛政板と文政板の2種を全冊収録した。『新編王子詣[〈新編〉王子詣]』は、「兼而御咄申候王子詣之事、来る幾日は幸ひ初午にて候侭、此日思召被為立候半哉…」で始まる全1通の手紙文で、江戸・神田から王子権現に至る沿道の名所旧跡・神社仏閣、また王子権現の縁起・景趣等を記した往来。下谷の不忍池(しのばずのいけ)・弁財天、上野東叡山、谷中・感応寺、日暮里・養福寺、護国稲荷、白髭神社、西ヶ原・御殿山などを経て飛鳥山に出て、王子権現・別当金輪寺・王子稲荷・滝野川・岩窟弁財天を廻り、さらに駒込富士権現・目赤不動尊・本郷へと抜けるコースで順々に紹介する。本文を大字・5行・付訓で記す。巻頭口絵に「王子稲荷社前之風景」を掲げ、頭書に「七福神詣」「西国三十三所写(江戸上野ヨリ王子・駒込辺ニ限ル)」「諸国名物集」、巻末に「江戸桜の名所」を載せる。SE03201
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★〈幼婦筆学〉国尽女文章[〈幼童必用〉女国尽文章](2種)
¥2,000
★〈幼婦筆学〉国尽女文章[〈幼童必用〉女国尽文章](2種) 【判型】中本1冊。収録順に縦181・181粍。 【作者】曲亭馬琴(飯岱・著作堂)作。鶴屋喜右衛門(僊鶴堂)跋。 【年代等】寛政12年1月刊。[江戸]鶴屋喜右衛門(仙鶴堂)板。 【備考】分類「往来物」。同板2種を全冊収録。『〈幼婦筆学〉国尽女文章[〈幼童必用〉女国尽文章]』は、「山城守様姫君様御事、大和守様御嫡子河内のかみ様へ和泉守様御媒にて御縁談御とゝのひ遊し、摂津のくに住のえの末もろともに伊賀の上もなき御め出たさ、妹背の道は伊勢の…」で始まる婚礼祝儀状に模した文章で、日本60余カ国の国名と名所・名物を記した往来。国名の記載順序は『女筆初瀬川』『女文章国尽』など先行の類書とは異なる。本文を大字・5行・付訓で記す。巻頭に「菅丞相」ほか略伝、頭書に全国の物産を記した「諸国名産附」、巻末に「諸国温泉之地名」「日本三八景之地名」を掲げる。なお、本書の外題替え本に『女国つくし』(吉文板)がある。SE03175
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★江戸方角独案内[御江戸名所独案内・江戸名所女方角](4種)
¥2,560
★江戸方角独案内[御江戸名所独案内・江戸名所女方角](4種) 【判型】中本1冊。収録順に縦178・181・181・179粍。 【作者】不明。 【年代等】明和3年春初刊。寛政9年1月再刊。享和3年3月再刻。天保4年冬再刊。[江戸]西村屋与八板。 【備考】分類「往来物」。享和板・天保板をそれぞれ2種ずつ合計4種を全冊収録した。『江戸方角独案内[御江戸名所独案内・江戸名所女方角]』は、明和2年刊『御江戸名所方角書[江戸方角]』を原型としつつも、地名等にかなりの変更を加えたもの。地名・町名7語、寺社5語、川2語を増加し、地名・町名8語、寺社31語、橋1語、川1語、その他3語を削除する。「開威(かけまくもかしこき)大江戸の街(ちまた)を云はゞ、其員(かず)八百八町に別れ、東は和田倉・八代洲河岸、雨ぐも襲(さそ)ふ竜の口…」で始まる七五調の美文を大字・5行・付訓で記す。口絵に「両国橋之風景」、頭書に「大日本国尽」「生花指南」「文章高下文字」「物の数書様事」「六曜の伝」を収める。SE03155
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★〈長雄〉増補通俗文章(2種)
¥7,160
★〈長雄〉増補通俗文章(2種) 【判型】大本1冊。収録順に縦266・250粍。 【作者】長雄東雲・長雄耕民(弘知)書。 【年代等】寛政12年4月書・刊([江戸]大和田忠助ほか板)。文化元年5月再刊([江戸]西村屋与八板)。 【備考】分類「往来物」。寛政板と文化板の2種を全冊、袋綴じ展開収録した。『〈長雄〉増補通俗文章』は、「貴人え上る年頭状」から「貴人え目見拝領礼状」までの消息例文49通と「店請状」から「道具売渡手形」までの証文類5通を収録した長雄流手本。四季・五節句・吉凶事に伴う例文を集める。本文を大字・4-5行・ほとんど付訓で記す。末尾に「書状上中下振合」「結納目録書」を載せる。書名・内容が酷似した手本が数種存するが、本書とほぼ同内容の手本に天保13年書・刊『〈御家〉増補通俗文章』(林泉堂書)がある。また、文化13年板『手紙之文言』広告中に「長雄流通俗文章、諸証文入、平がな付、長雄2代東雲先生書(中略)/同増補通俗文章、長雄東雲・長雄耕民書、平仮名付、諸証文入、文章前に異なり」と記すが、この記載によれば本書は後者である。SE03076
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★猨山三秋帖
¥2,000
★猨山三秋帖 【判型】大本1冊。縦269粍。 【作者】富田東原書。 【年代等】寛政10年12月刊。[江戸]探春堂板。 【備考】分類「往来物」。『猨山三秋帖』は、四季折々の書状を綴った猨山流の陰刻手本。「一天安泰之春、万民可楽此節也…」で始まる手紙以下20通を収録する。うち2通は仮名文で、大半は準漢文体書簡であるが、いずれも大字・3行・無訓で記す。SE03064
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略解千字文[千字文略解](2種)
¥1,060
略解千字文[千字文略解](2種) 【判型】半紙本1冊。収録順に縦226・227粍。 【作者】石川雅望(蛾術斎・六樹園)注・序。 【年代等】寛政3年3月自序。寛政6年6月初刊([江戸]蔦屋重三郎板)。江戸後期後印([名古屋]永楽屋東四郎板)。 【備考】分類「往来物」。寛政板と江戸後期後印本の2種を全冊収録した。『略解千字文』は、汪嘯尹(おうしょういん)の『集注』を基本に他の注釈書も参酌しながら編んだ『千字文』の童蒙向け注釈書。『千字文』本文を4字1句ずつ楷書・大字・9行で掲げ、それぞれ行書・細字の割注を施し、頭書に楷書の書き下し文を置く。巻首に『千字文』の起源や『千字文』の異本についての諸説、また、作者・周興嗣略伝等を載せる。SE03050
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〈寛政再刻〉庭訓往来[庭訓往来図賛](寛政12年・2種)
¥2,240
〈寛政再刻〉庭訓往来[庭訓往来図賛](寛政12年・2種) 【判型】大本1冊。収録順に縦266・264粍。 【作者】不明。 【年代等】寛政12年5月刊。[仙台]本屋治右衛門(流輝軒)板。 【備考】分類「往来物」。同板2種を全冊袋綴じ展開収録した。『〈寛政再刻〉庭訓往来[庭訓往来図賛]』は、貞享5年刊『〈絵入〉庭訓往来(庭訓往来図讃)』を模倣し、『庭訓往来』本文を6行・無訓で記し、冒頭6丁のみに本文要語の挿絵を載せ、7丁目以下の頭書に「千字文」を掲げる。『庭訓往来』は、古写本のみで約70種、近世より近代初頭にかけての板本は約300種に上り、中世から明治初年に至るまで最も普及した往来物の一つ。1カ月往返2通ずつ1年24通、これに単簡1通(7月状または8月状)を加えた計25通の手紙文より構成される。内容は、武家および上層・庶民の社会生活を中核として新年の会、詩歌の会、地方大名の館造り、領国の繁栄、大名・高家の饗応、司法制度・訴訟手続、将軍家の威容、寺院における大法会、大斎の行事、病気の治療法、地方行政の制度等を主題とする手紙で、各手紙とも類別単語集団を収める(衣食住370語、職分職業217語、仏教179語、武具75語、教養46語、文学16語、雑61語、計964語)。SE03006
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〈民間〉さとし草[民間さとしぐさ・民間喩草]
¥1,000
〈民間〉さとし草[民間さとしぐさ・民間喩草] 【判型】半紙本1冊。縦229粍。 【作者】加藤景範(竹里翁)作、中井竹山(積善)序。 【年代等】享和元年5月刊。[大阪]柏原屋清右衛門、小川屋清右衛門板。寛政12年(1800)秋序。 【備考】分類「教訓」。修身斉家のための庶民心得を綴った著者の遺稿を上梓したもの。人間は40歳前後が責任が重くなり心遣いも増え、重病にかかりやすく、時には死に及ぶ年頃であると冒頭から注意を喚起し、厄年の直前から気をつけるのではなく、その20年前からも心掛けるべきで、自らの身体を我が物と思わずに「親の形見」と考えることが養生の基本と教える。農商ともに収入は限られる一方、支出には予想外の「変」がつきまとうことから、年々確実な余剰蓄積のために家業出精に努め、常に様々な工夫をして顧客を大切にし、正道を守って勤めれば、天の冥加もあって生活も成り立つとする。また、孝行や五倫の道、不正な商い、学問の趣旨、諸芸、父母の喪、質素倹約などを説く。SE02977
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さき竹の弁[伊勢二宮考・二宮割竹辨](2種)
¥1,100
さき竹の弁[伊勢二宮考・二宮割竹辨](2種) 【判型】大本1冊。収録順に縦271・265粍。 【作者】本居宣長作。 【年代等】寛政10年作。享和元年8月刊。[伊勢松坂]須受能耶(鈴屋スズノヤ)蔵板。[伊勢松坂]柏屋兵助(文海堂)ほか売出。 【備考】分類「神道」。後印本も抄録した。『伊勢二宮さき竹の弁』=宣長は、伊勢神宮の内宮・外宮の望ましい両宮関係の回復を考えていた。そのためには外宮祭神「豊受大神」の神格を明確にしなければならない。宣長の外宮論の目的はここにある。その概要は、1.豊受大神は天照大御神の重く祀らせ給う「御食津大神」である。2.豊受大神は「供奉臣列の膳部神」(吉見好和説)であるという説に対して、天孫降臨の時に天照大御神が鏡に副えて授けた御霊実であり、現御身の供奉神ではない。だから尊いというのだ。外宮問題への最初の論究は、守屋昌綱に与えた『神都考僻説弁総論』に見える。真淵説がここでも影響を及ぼしていると言われる。その後、『古事記伝』巻15(安永7年・1778)のいわゆる「外宮論」でこの問題を再び取り上げる。さらに約20年後、この問題を詳しく論じたのが『伊勢二宮さき竹の弁』である。 『自撰歌』に「さき竹の弁のしりに書ける歌」と言う詞書で2首載せる。「外つ宮を 国のとこだち とこだちと よそりなきごと いふはたが言」 とつ宮の 神は天照 日の神の いつきまつらす 御食の大神」 宣長の論に対しての批判は激しかった。まず『古事記伝外宮論弁語』外宮権祢宜・亀田末雅は、「内宮」という語が古書に見えないと言うのに対して『神宮雑例集』や「神宮三印」を引き反論した。 また門人益谷末寿は『伊勢二宮割竹弁難』で師説を批判した。末寿の言うのは、高天原でお祭りしたということは証拠がない。現世における天皇のお祭りであっても、天照大御神と関与するわけではない。しかし、宣長の主張には、信仰に根ざすものがあり、かえって文献的な証拠をさがす門人たちの困惑は大きかった(*本居宣長記念館HP)。SE02963
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婚礼罌粟袋[〈当世民用〉婚礼仕用罌粟袋](寛政7年)
¥1,860
婚礼罌粟袋[〈当世民用〉婚礼仕用罌粟袋](寛政7年) 【判型】横本2巻2冊。縦125粍。 【作者】白水作・序。 【年代等】寛延3年7月序、寛延3年8月初刊([京都]和泉屋伝兵衛ほか板)。寛政7年1月再刊。[大阪]泉屋卯兵衛ほか板。 【備考】分類「礼法」。袋綴じと展開して収録。本書は、婚礼儀式や作法、諸準備等について懇切丁寧に解説した庶民向け婚礼書。作者自序および凡例によれば、都鄙おしなべて分限相応の婚礼儀式が行われるが、いざ当日を迎えると色々な迷いが生じやすいため、農工商の庶民のために婚礼全般を記したとする。その記述の細かさは目録をみれば一目瞭然だが、細分化された項目は必要な情報を即座に得るための工夫であり、内容も実用本位なら、形態も実用重視で、原本は薄くコンパクトな横本仕立てになっている。上巻に127項、下巻に66項の計193項に分けて記述された内容は、結納、婚礼準備から、婚礼道具搬入、嫁入り行列、輿渡し、式三献、結び盃、色直し、祝言膳部、聟入り、後賑わし、床盃、部屋見舞い、里帰り、婚礼後の返礼、膝直し等々に至るまでの婚礼全体の要所を網羅する。その際立った特長は、まず、具体的な人名を使って儀式の細かい動きを説明する点で、特に第81項「結び組合様」や第82項「結び盃に式三献組合」では、複雑な連注ぎが「勘─正─見世─重─よし─見世─かつ─勘…」のように人名の略称で簡潔明瞭に説かれている。また、儀式の流れに沿って、諸役人の動きや、各場面での諸注意、また、諸役人への心付けまで、婚礼の実務を比類無き周到さで書き記している。庶民のための最も行き届いた婚礼マニュアルと言っても過言ではない。なお、第53「紙燭ざし(輿入れの際に中門か妻戸で、門火の松明か桃燈の火を婚家の紙燭にともすこと)の事」には、「しかし当世は遠慮し持出ぬ事となりぬ」とある。ちなみにほぼ同時代の延享元年(一七四四)刊『女文台綾嚢』頭書「婚礼略式」にも「庭の続松(たいまつ)・打合(うちあわせ)の餅・紙燭ざし」などが「いたつて高貴の方に用ひ給ふ事なれば、平人のすべき事にあらず」と記す。このように婚礼儀式が庶民にも普及していく過程で受容されなかった点も多く、庶民には分限を弁えた婚礼や質素な婚礼が求められるのが常だった。その家格の違いを切り口に婚礼のあらましを綴ったのが後掲の『〈新板後篇〉嫁入談合柱』であった。ちなみに、作者・白水には寛延2年刊『拾玉小事海』と同年刊『民家用心袋』があるが、いずれも庶民生活に役立つ実用書である。『江戸本屋出版記録』には『拾玉小事海』の項に「洛西、泉作」、『婚礼仕用罌粟袋』の項に「泉撰集」と記す(いずれも板元は京都・和泉屋伝兵衛)。「白水」を合字すれば「泉」となることから、白水は板元の和泉屋自身と思われる。SE02934
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言葉のもとすゑ
¥6,120
言葉のもとすゑ 【判型】中本1冊。縦187粍。 【作者】元木網編・序。 【年代等】寛政8年3月自序。寛政10年11月刊。[江戸]蔦屋重三郎板。 【備考】分類「俳諧」。本書の改題本が「詞のやちくさ」。SE02891
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〈古今図鑒〉古銭価附(寛政5年別本)
¥700
〈古今図鑒〉古銭価附(寛政5年別本) 【判型】大本2編合1冊。縦259粍。 【作者】青霞堂志友作。 【年代等】寛政5年9月跋・初刊。明治初年後印。[和歌山]帯屋伊兵衛板。 【備考】分類「貨幣」。SE02866
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〈古今図鑒〉古銭価附(寛政5年)
¥700
〈古今図鑒〉古銭価附(寛政5年) 【判型】大本2巻1冊。縦210粍。 【作者】青霞堂志友作。 【年代等】寛政5年9月刊。[和歌山]帯屋伊兵衛板。 【備考】分類「貨幣」。古銭収集家のために古銭の相場を付記した古銭図録。 SE02865