往来物PDFデータダウンロード販売
-
★女教文章鑑[女文章稽古](寛保2年・2種)
¥5,520
★女教文章鑑[女文章稽古](寛保2年・2種) 【判型】大本1冊。収録順に縦262・265粍。 【作者】林蘭作・書・跋。西川祐信画。 【年代等】寛保2年2月刊。[京都]菊屋喜兵衛(菊秀軒)板。 【備考】分類「往来物」。同板2種を収録(後半は巻末1丁および刊記欠、袋綴じ展開収録(見開き図再掲))。『女教文章鑑[女文章稽古]』は、享保13年刊『女万葉稽古さうし』の改題本。本書は祐信の挿絵をあしらった独特な女用文章で、「初春につかはす文章」から「歳暮の祝遣文章・同返事」までの56種の例文を載せ、それぞれ尊卑上中下の違いに応じた3通りの文面を掲げるため、実質的な書状数は168通となる。上中下を記号で区別するのも特徴で、貴人向けが「桜」、同輩向けが「紅葉」、下輩向けが「若竹」とし、○印に「通」の字は「上下通用」を示すなどの工夫をする。また『女万葉稽古さうし』の前付記事を大幅に増補し、「清少納言の事」「文言葉手引草」「文書様指南抄」「六根の和歌絵抄」「月のから名字尽」「男名頭字尽」「女の名字尽」「女中言葉事」「法体の名づくし」「尼の名つくし」「五段かへし散し文」「三段がへし散し文」等を収録する。SE03417
-
三賢一致書[三界一心記](3種)
¥2,000
三賢一致書[三界一心記](3種) 【判型】大本1冊。収録順に縦257(江戸後期原装本)・255(文政板)・263(寛文板)粍。 【作者】大竜編。 【年代等】文保元年作。慶安2年初刊。寛文4年3月再刊([京都]山本久右衛門板)。文政6年再刊([大阪]河内屋長兵衛板)。江戸後期後印([江戸]英文蔵板)。 【備考】分類「思想」。原装の刊年不明板と同板の文政板、異板の寛文板の3種をこの順に収録した。三賢(儒・仏・神)から人間の生死を説いた書。女身不浄説を退け、夫婦和合による受胎から胎内十月の変容について記す。鎌倉末期の三道一致説を述べた啓蒙書。題注に「儒釈道の三道一致に帰するゆへに三賢一致と号す」とある。神道の諾冊二神を中心として儒釈二教との同質性を論弁したもので、陰陽二神は、易道では乾坤二儀といい、真言にては金剛胎蔵大日と称し、禅那においては第二儀門に相当すると説き、天は父、地は母、これを易では屯卦といい、仏説には父母の愛念によって六道初めて生ずると述べ、三教の本旨は一理に帰すると論じている(「日本思想史文献解題」参照)。SE02993
-
公事方御定書[御定書百箇条](江戸後期書)
¥1,180
公事方御定書[御定書百箇条](江戸後期書) 【判型】大本1冊。縦245粍。 【作者】老中松平乗邑(ノリサト)ほか編。 【年代等】寛保2年3月制定。江戸後期書。 【備考】分類「法制」。江戸幕府の基本法典。享保改革を推進した8代将軍・徳川吉宗の下で作成され、1742年(寛保2年)に仮完成した。上巻・下巻の2巻からなり、上巻は基本法令を、下巻は旧来の判例に基づいた刑事法令を収録した。特に下巻は御定書百箇条(おさだめがきひゃっかじょう)と呼ばれている。編纂は老中の松平乗邑を主任に、勘定奉行、寺社奉行、江戸町奉行の石河政朝の三奉行が中心となる。上巻は元文3年(1738年)に完成するが以降も追加作業が行われ、寺社奉行時代の大岡忠相(越前守)らが関わった。延享2年(1745年)に将軍吉宗が隠居すると打ち切られる。幕府の法律、特に犯罪と裁判。原則は三奉行と京都所司代、大坂城代のみが閲覧を許される秘法(罰則あり)である。しかし評定所では奉行の下で天保12年(1841年)に『棠蔭秘鑑』という写本が作られ、裁判審理の場で利用されていた。また極秘裏に諸藩でも写本が流布し、その内容を把握して自藩の法令制定の参照とした。その為、本来幕府領内でのみ効力を有する法であるが、ある種、日本国内統一法のようなものでもあった。だが、次第に「祖法」化してしまい、田畑永代売買禁止令のように御定書制定の翌年には実質上廃止された法令が、御定書に載せられているがために有効な法律とされて明治4年(1871年)まで存続するなどの弊害もあった(Wikipediaより)。SE02618
-
公事御定法式目[公事訴訟取捌ほか]
¥3,280
公事御定法式目[公事訴訟取捌ほか] 【判型】大本1冊。縦238粍。 【作者】「寛保二、大岡越前守」と題簽に記す。 【年代等】寛保2年4月制定。江戸中・後期書。 【備考】分類「法制」。袋綴じ展開収録。末尾に「右、寛保二戌歳御改正御定法御式目書、故有而大岡越前守忠相殿家臣山本氏より伝写す。依而他見堅禁製(制)也」と記す。「公事方御定書」とともに制定されたと言われる「公事訴訟取捌」を始め、「国郡境論」「山野入会村境論」「漁猟海川境論」「田畑禁論」「堤井堰用水論」「証拠証跡用不用」「馬継川岸場市場論」「跡式養子離別後住并引取人」「寺社并離且出入」「質田畑論并借金家質出入・奉公人出入」「裁許破掟背、其外御仕置大概」「御誕生日御忌日」の13章を収録。なお、國學院大學 研究者データベースによれば、「「公事訴訟取捌」は民事紛争を裁く実態法規を多数含んでいるので、幕府民法の役割を果たす法典であるといえる。従来、民法の役割を果たす幕府制定法は存在しないものという前提で、近世法が語られてきた。本稿の考察が的を射ているならば、様々な角度から近世法の再検討が必要となる」。SE02617
-
〈拾玉〉勘者御伽双紙[勘者御伽雙紙](2種)
¥2,400
〈拾玉〉勘者御伽双紙[勘者御伽雙紙](2種) 【判型】半紙本3巻3冊。収録順に縦225・223粍。 【作者】中根彦循(ゲンジュン、保之丞ヤスノジョウ・法舳ホウジク)編・序。平安書林葛西某(板元)跋。 【年代等】寛保3年1月自序。寛保3年1月刊。[京都]天王寺屋市郎兵衛(葛西水玉堂)板。 【備考】分類「和算」。同板別本も抄録した。『〈拾玉〉勘者御伽双紙』は、パズルなど遊戯的な問題を集めた独特な和算書。上中下3巻からなり、数学遊技に関するものが多く、古くより行われたものに説明を加えたもの。「自序に云う。この書はつれづれのころほい、きゝ伝へし算問、或は心にうかびし捷径の術、初心の為に書きとめをきしが、時ありて去人の懇望により、今梓にちりばめて勘者御伽双紙と号して、おさな子のもて遊びとす」。編者、中根彦循は、通称保之丞または卞といい、法軸と号す。父、中根元圭に学び、建部賢弘、久留島義太に就く。宝暦11年(1761)8月21日没す。61歳。京都黒谷に葬る(和算の館HP参照)。/庶民が愉しむ数学書の中で本書は、その挿絵の美しさにより当時の文化における和算の浸透をうかがう書として知られている。最初の遺題本より100年を経た書でもあり、当時の高等和算にまで言及している。漫画付数学通俗書という一面も備えた本書は、和算を愉しむ心が庶民に浸透したことの証でもある(筑波大学図書館HP)。中根彦循(1701-1761)が1743年(寛保3年)に著した『勘者御伽讐紙』は上中下3巻から成り、和文(漢字交じり仮名文)で書かれた一般大衆向け通俗書。序文には「この書はつれつれのころほひきき伝へし算問或は心にうかびし捷径の術初心の為に書きとめをきしが時ありて去る人の懇望により今梓にちりばめて勘者御伽双紙と号しておさな子のもて遊びとす」とあり、和算書では初出の「九去法」をはじめ、「小町算」「薬師算」「裁合わせ」「百五減算」「方陣、円陣」「目付字」「名香目付」などの平易な、遊戯的な問題も数多く収められ、問題文に呼応した、情趣富む挿絵も幾つか添えられている。しかし、その一方でその序文は「見る人此の書にもとづきなばなんぞあさきより深きにいたらざらんや」と結ばれており、中には極めて高度な、当時の研究の最先端とみられる問題も含まれている。特に真名文(漢文)書きになっている問題、上巻第22問「買物銭数ほど取る事」の「鶉管術」と下巻第22問「弧背真術事二ケ条」の「円理孤背術」ではそれぞれの分野に関しての当時の最新の研究成果「術」が紹介されている。「蕩管術」とは不定方程式の解法「剰一術」を基にした連立1次合同式の解法理論のことで、上巻第22問「買物銭数ほど取る事」から窺える彦循の整数論に関する洞察力の深さも注目すべきである(田辺寿美枝「『勘者御伽雙紙』の孤背真術其ノ二」参照)。また、田辺寿美枝「『勘者御伽雙紙』の翦管術」(数学史の研究)は、「様々な和算書の中でも遊戯的要素の強い一般庶民向け通俗書」と見られてきた本書について、単にそればかりではないとする。すなわち、上巻第22問「買物銭数ほど取る事」の解法では、それまで一つの解答のみで良しとしていた従来の和算書に対して、「条件に適うすべてを答えるべきである」と主張し、さらに「3元の連立不定方程式の一般性のある解法を示し、可解条件までも明示して」おり、連立不定方程式の一般的解法に関して深い洞察力があったことを指摘し、本書を「当時の和算家たちの数学的感性、数概念のありようについての豊かな示唆が得られる」算書と評している。SE02454
-
鎌倉殿中問答記
¥1,080
鎌倉殿中問答記 【判型】大本2巻2冊。縦258粍。 【作者】日静編。日達注。 【年代等】寛保元年9月施注。文政11年刊。明治初年後印。 【備考】分類「日蓮」。道日と日印の問答。日印の弟子、日静が記録したとされる鎌倉殿中問答記録には、鎌倉幕府執権高時により日蓮の弟子の日朗に諸宗との問答対決の命を下され、高齢の日朗に代わった門下の日印が、文保2年(1318年)12月30日から翌元応元年(1319年)9月15日にかけて諸宗派をことごとく論破し、これにより題目宗の布教を鎌倉幕府が許可したとある。但し吾妻鏡や鎌倉年代記などの史料にはこれについての記載はない(Wikipedia)。SE02390
-
面影荘子(2種)
¥2,180
面影荘子(2種) 【判型】半紙本4巻4冊。収録順に縦225・225粍。 【作者】田中友水子(田甚助・長与ナガトモ・冥山メイザン・摂江友水子)作・序。 【年代等】寛保3年1月自序・刊。[大阪]渋川清右衛門板。 【備考】分類「浮世草子」。別本端本も抄録した。『荘子』の教えを通俗平易な寓話で諭 した教訓書。4巻末尾の「荘子(ソウジ)の趣意」は沢辺の鶴と鷸(シギ)の問答で、鷸の 疑念に対して鶴が縷々述べた最後に「我たゞ汝が為に荘子が面影をいふのみ也」と答 えているように、本書の書名は『荘子』の面影付け(故事・古歌・古物語などを材料にし て句をつけるとき、その内容をほのかに示す表現でつける方法)にちなんだものであろ う。1巻は「蟻鯨の情量」「粉蝶色を辨ず」「莱蕪の苦楽」「地黄の精霊」の4話、2巻は「 始皇松を報ず」「(ハタハタ)の自得」「蟇目の伝授」「伏翼(コウモリ)両端」の4話、3巻 は「彭顔(ホウガン)の夭寿」「金鉄功を論ず」「石臼の生死」「順逆両忘」の4話、4巻は「 三猿会心」「蚊子(ブンシ)和を議す」「仙術真訣」「荘子(ソウジ)の趣意」の4話を収録 する。SE02219
-
越後孝婦伝(尼瀬孝婦伝)
¥1,400
★越後孝婦伝(尼瀬孝婦伝) 【判型】特大本1冊。縦270粍。 【作者】林愿作。篠本為直(子諒)書。相田政雋跋 【年代等】寛保2年6月作。安政5年1月書・刊。刊行者不明。 【備考】分類「伝記」。SE02072
-
倹約問辨
¥1,400
★倹約問辨 【判型】半紙本1冊。縦227粍。 【作者】石田梅岩作(述)。 【年代等】寛保2年3月述。江戸中期刊。刊行者不明。 【備考】分類「心学」。『石田先生語録』巻七(末尾)からの抜粋を施印したもの。寛保2年3月23日の梅岩の講釈聞書で、表紙とも全5丁の小冊子。まず「神儒仏ともに性理は至極の所也。是を除き事の上にて用るには何れを至極として然るべく候や」との問いに対して、梅岩が「我、一事を肝要として勤るは倹約にすぐる事あるまじく存候」と答える問答から始まり、倹約の深い意味を諭す。倹約を守ることは義を積むに等しく、義を積めば仁は自ずと備わる旨を述べ、最後に定家卿の「家にあらんその器(うつわもの)もとよりも馬(うま)車(くるま)まできよらつくすな」の1首を掲げる。 SE01677
-
★女筆岩根の松[女筆いはねの松・女筆岩根濃松](3種) 【作者】長谷川妙躰(貞・豊・筆海子)書
¥10,240
★女筆岩根の松[女筆いはねの松・女筆岩根濃松](3種) 【判型】大本3巻3冊。収録順に縦266・260(後印本上中巻)・267(後印本下巻)・261(別本下巻)粍。 【作者】長谷川妙躰(貞・豊・筆海子)書。 【年代等】享保20年頃初刊。寛保2年1月再刊([京都]岡本四郎兵衛ほか板)。江戸中期後印([大阪]渋川与市ほか板、また、[大阪]渋川与左衛門ほか板)。 【備考】分類「往来物」。寛保板のほか、江戸中期後印本2種を収録した。『女筆岩根の松』は、四季の花鳥風月の趣を綴った女文7通を収録した女筆手本。上巻は春から初夏にかけての3通で、うち殿の鷹狩りの帰路の様子を伝える手紙の返事1通を含む。中巻には無沙汰を詫びるとともに夏の庭の風景を伝えて訪問を乞う手紙と、初雪の日の感想とともに口切の茶会を待望する手紙の2通、下巻には木枯しの季節の手紙と、中秋の名月の手紙の2通をそれぞれ収録する。ほぼ各状の末尾に和歌1首を掲げる。また、各巻表紙見返に季節の風景画(春・夏・秋)をあしらう。なお、本書に『女筆指南集』『女筆続指南集』を合綴した二冊本が、文化3年に刊行された。 11女ニョヒツイワネノマツ(3種)★【往来物】128 SE01330
-
★〈玉置流〉万世用文童習字便(2種) 【作者】玉置某書か
¥5,200
★〈玉置流〉万世用文童習字便(2種) 【判型】大本1冊。収録順に縦265・265粍。 【作者】玉置某書か。 【年代等】寛保3年11月書。延享元年5月刊。[京都]野田藤八(藤八郎・橘屋藤八・橘枝堂)ほか板。 【備考】分類「往来物」。同板別本も抄録した。『万世用文童習字便』は、「新年祝儀状」から「注文の香道具が用意できた旨を知らせる手紙」までの41通を収録する用文章。本文を大字・4行・稀に付訓で記す。収録書状は四季贈答の手紙が多く、また諸品調達、年中行事、その他慶事、諸用件に関するものである。頭書に「二十六点」「小野篁歌字尽」「百官名尽」「七いろは」「証文類文例」「飾り物・目録等礼法」「献立」「千字文」「名字尽」等、巻首に「弘法大師故事」「筆を取へき次第」「服忌令」等の記事を載せる。享保頃刊『万世用文章』と関連があるか。 03消バンセイヨウブンドウシュウジベン-タマキリュウ(2種)★【往来物】65 SE00307
-
★女教文章鑑[女文章稽古] 【作者】林蘭作・書・跋。西川祐信画
¥5,200
★女教文章鑑[女文章稽古] 【判型】大本1冊。縦262粍。 【作者】林蘭作・書・跋。西川祐信画。 【年代等】寛保2年2月刊。[京都]菊屋喜兵衛(菊秀軒)板。 【備考】分類「往来物」。享保13年刊『女万葉稽古さうし』の改題本。祐信の挿絵をあしらった独特な女用文章で、「初春につかはす文章」から「歳暮の祝遣文章・同返事」までの56種の例文を載せ、それぞれ尊卑上中下の違いに応じた3通りの文面を掲げるため、実質的な書状数は168通となる。上中下を記号で区別するのも特徴で、貴人向けが「桜」、同輩向けが「紅葉」、下輩向けが「若竹」とし、○印に「通」の字は「上下通用」を示すなどの工夫をする。 11女ジョキョウブンショウカガミ★【往来物】65 SE01288
-
★女節用集罌粟袋[女節用集罌粟嚢家宝大成](寛保3年) 【作者】山本序周編
¥6,640
★女節用集罌粟袋[女節用集罌粟嚢家宝大成](寛保3年) 【判型】大本1冊。縦265粍。 【作者】山本序周編。 【年代等】寛保3年9月。[大阪]大野木市兵衛ほか板。 【備考】分類「往来物・辞書」。天地・神祗・人倫・年月・衣食・草木・生類・器財・言語の9部門(「十門部分」最後の「正誤」は事実上の部門ではない)で、主に御所言葉など女性語に比重を置いて語彙を集めた独特の節用集。特に人物に関する注記は極めて長く、『節用集』としては異例である。語彙を8行・付訓で記し、所々に割注を施す。また、付録記事は一般の女子用往来と同類のものが多く、享保6年板以降の改刻本とは若干の差はあるが、宝永6年板によれば、前付に「諸礼形之図」「〈当世風流〉紋所」「百人一首絵鈔」「万年暦大ざつしよ相生之事」「女ふみこと葉」「男の名づくし」「女中名づくし」等、頭書に「女二十四孝絵抄」「女武者物語絵抄」「茶の湯立様、喫茶之事并諸礼」「諸人片言なをし」「産前産後養生之事」「銭の売買相場之割付事」「男女かたぎ枕」「生下未分之語」等の記事を掲げる。 11女オンナセツヨウシュウケシブクロ・オンナセツヨウシュウケシブクロカホウタイセイ(寛保3年)★【往来物・辞書】83 SE01203
-
仙台往来[仙台状](寛保2年) 【作者】高橋市兵衛書
¥1,400
仙台往来[仙台状](寛保2年) 【判型】大本1冊。縦265粍。 【作者】高橋市兵衛書。 【年代等】寛保2年3月書。 【備考】分類「往来物」。『仙台状』の最古本である宝永3年写本は、「奥州五十四群之内、宮城之郡仙台ト申者、抑忝茂松平陸奥守政宗権中納言之御在城也。頃者、慶長六年…」と筆を起こし、青葉城の沿革や城下の様相、伊達政宗の御諚、六奉行の設置、仙台の名称の由来、奉行所評定および国境警備などを記した往来。底本の寛保2年本は、「抑奥州伊達之内、宮城郡仙台ト申者、忝モ山陰中納言之御廟裔、松平陸奥守政宗公被成御在城也。頃は、慶長六年…」と起筆し、「…松平陸奥守中納言正宗公御果報復尭舜古千秋万歳奉抑末繁昌者也。穴賢」と結ぶ。本往来は、最も流布した『仙台状』の一系統で、享保元年書『青葉山之由来』と比べると、本書には用明天皇から寛永16年の二の丸完成までの歴史、また、御台所主催の酒宴遊興に関する冒頭部が欠けており、享保元年系統(『青葉山之由来』)の方が古態に近いと考えられるから、本書はその異本というべきであろう。なお、宝永3年写本は本文を大字・五行(後半部は7行)・無訓で記し、末尾に藤原鎌足から松平吉村までの「仙台御系図」を掲げるが、底本は本文を大字・6行・殆ど無訓で記す。 06地センダイオウライ・センダイジョウ(寛保2年)【往来物】20 SE00738