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★〈増補〉女一寸案文大全[〈婦人日用〉女一寸案文]
¥2,560
★〈増補〉女一寸案文大全[〈婦人日用〉女一寸案文] 【判型】中本1冊。縦180粍。 【作者】山田屋佐助作。松堂(村上松堂か)書。 【年代等】嘉永4年5月再刻。[江戸]山田佐助ほか板。 【備考】分類「往来物」。全冊袋綴じ展開収録。作者名は同板別本による。『〈増補〉女一寸案文大全』は、「年始の文」から「雪見舞のちらし」までの49通を収録した女用文章。主に前半部に四季行事など各月の例文、後半に女性の通過儀礼や吉凶事に伴う例文を載せる。ここまでは全て大字・5行・付訓の並べ書きで綴り、さらに末尾に四季の散らし文九通を収める。内容上際立った特色はないが、王子稲荷参詣、小船町天王祭礼、上野・日暮里(ひぐらし)遊覧、両国山田屋、柳橋など、江戸庶民に馴染みのある風物や地名を点在させて雰囲気を出す点が特徴。巻末に「女中名つくし」「片かないろは」等の記事若干を付す。なお、男子用の『一寸案文』のように本文冒頭が「一寸(ちょっと)」で始まる例文はない。SE03396
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女小学操鏡[〈改訂〉女小学](嘉永3年)
¥1,000
女小学操鏡[〈改訂〉女小学](嘉永3年) 【判型】大本1冊。縦255粍。 【作者】芳玉画。 【年代等】江戸後期刊(刊記には文化14年7月求板、天保14年8月再刻、嘉永3年7月三刻)。[江戸]山本平吉(栄久堂)板。 【備考】分類「往来物」。袋綴じ展開収録。『女小学操鏡』は、享保10年『女小学』の異本の一種で、享保板と同傾向の女子教訓を綴った往来で、概ね享保板の前半部の内容を要約し、文言を入れ替えたり、語句を補う。ただし、末尾は全くの別内容で、多言の戒め、詩歌・碁・将棋・三味線・舞い等の芸能の心得、「女の利根だて」の戒めや良友を選ぶべきことなどを諭す。底本は、『女小学』を本文とし、前付に「女性心得」、頭書に「世嗣草(「貝原先生著」とする)」「小児養育草」を掲げる。SE03383
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女小学(嘉永3年・佐藤慎一郎・2種)
¥2,240
女小学(嘉永3年・佐藤慎一郎・2種) 【判型】半紙本1冊。収録順に縦220・222粍。 【作者】不明。 【年代等】嘉永3年3月再刻。[大阪]敦賀屋九兵衛板。 【備考】分類「往来物」。同板2種を袋綴じ展開収録(見開き図再掲)した。『女小学』は、金言・俚諺・教訓歌や和漢貞女・節婦の故事を引きながら、「孝行の道をしへの事」から「心のかゝ見といへる事」まで29項(孝行、婚姻、舅姑への孝、夫への服従、他人との和順、堪忍、報恩、その他心の修養、婦女四徳、教養等)にわたって述べる。また、本文の主題に沿った「忍の字訓の歌」「心つよからぬおしへの歌」「独をつゝしむ訓歌」等の教訓歌と挿絵を随所に掲げる。本文をやや小字・九行・所々付訓で記す。『女小学』には約30種の板種があるが、底本は口絵に「子之日の松(小松引き)」の図、頭書に「至徳皇后」「蔡人の妻」「俊成卿女」「楚白貞姫」ほかの略伝と、「手習文字の事」「伊呂波の事」「筆墨硯紙の事」「しみものおとし」「そめもの秘伝」「諸病めうやく」「七夕祭の事」「七夕歌づくし」「女中詞の事」「女中たしなみ草」を掲げる。SE03382
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★〈婦人宝鑑〉女今川千金宝[〈女今川状・女手習状〉女教千金宝](嘉永板・2種)
¥2,000
★〈婦人宝鑑〉女今川千金宝[〈女今川状・女手習状〉女教千金宝](嘉永板・2種) 【判型】大本1冊。収録順に縦255・260粍。 【作者】不明。 【年代等】嘉永4年2月刊([江戸]須原屋伊八板)。明治初年後印([東京]浅倉屋久兵衛板)。 【備考】分類「往来物」。嘉永板と明治初年後印本の2種を全冊収録した。『〈婦人宝鑑〉女今川千金宝』は、沢田吉作、元禄板系統『女今川(新女今川)』本文を6行・付訓で記し、前付や頭書に種々の記事を載せた往来物。「〈女今川状・女手習状〉女教千金宝」の見返しは、寛政5年刊([江戸]須原屋伊八板)の同題の女子用往来の流用であり、嘉永板の本文・付録記事とは無関係。嘉永板には前付に「雨乞小町の図」「和国八勝景」を掲げ、頭書に「女平生たしなみ草」「七夕の由来・七夕和歌」「男女相性」「女中文封じやう」「目録・折紙の書様」を、また、後付に「小笠原折形式正之図」を載せる。元禄板系統『女今川』は、貞享板系統『女今川』の改編版で、各条々は貞享板とほぼ同傾向だが、後文については改編の跡が著しく、具体的には「心かだまし」と「心すなほ」の強調が目立つ。また、第5条では「主・親の深き恩」を「父母の深き恩」と言い換え、「忠孝」の代わりに「孝の道」とした点、さらに後文で、天地の道や五常を説いた抽象的な表現や、下僕や他人に対する心得などを割愛する一方、孝・貞の見地から己の心の善悪を内省することを説いた点に特色がある。SE03377
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百姓往来(仙台板・3種)
¥700
百姓往来(仙台板・3種) 【判型】大本1冊。収録順に縦259・255・253粍。 【作者】禿箒子作。 【年代等】第1冊:嘉永元年10月刊。[仙台]伊勢屋半右衛門(白木・裳華房)板。第2冊:嘉永5年9月刊。[仙台]菅原屋安兵衛板(題簽商標)。第3冊:江戸後期刊。[仙台]刊行者不明。 【備考】分類「往来物」。仙台板の『百姓往来』3種を全冊収録した。禿箒子作の流布本『百姓往来』の本文を大字・6-7行・付訓で記し、頭書に挿絵を施したもの。その内容は、堀流水軒作『商売往来』を模倣した「凡、百性取扱文字、農業・耕作之道具、鋤、鍬、鎌、犁(からすき)…」という文章で綴り、以下、農具、農業施設、田畑度量衡・地方、潅漑施設、肥料、稲作手順と諸注意、巡見・検地・助郷等の夫役、運送・交通、領地、家屋造作、機織、農民の日常食、農閑期の労働・雑務・牛馬飼育、在所の地理的知識、穏田をせず正直な農民の子孫繁昌までを説いて結ぶ。SE03338
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弁慶状[弁慶状絵抄](仙台板等・5種)
¥1,000
弁慶状[弁慶状絵抄](仙台板等・5種) 【判型】大本1冊。収録順に縦265・249・258・255・262粍。 【作者】不明。 【年代等】第1冊:江戸後期(嘉永6年の書き入れ)刊。[仙台]伊勢屋半右衛門(裳華房)板。第2冊:江戸後期刊。[仙台]伊勢屋半右衛門(裳華房)板。第3冊:江戸後期刊。[仙台]刊行者不明。第4冊:江戸後期刊。[江戸]山口屋藤兵衛板。*国麿画。第5冊:江戸中期刊カ。[仙台]刊行者不明。 【備考】分類「往来物」。仙台板など同体裁の『弁慶状』5種を全冊収録した。『弁慶状[弁慶状絵抄]』は、流布本『弁慶状』の本文を大字・6-7行・付訓または無訓で記し、頭書に絵抄を加えたもの。『弁慶状』は、正式には『西塔武蔵坊弁慶最後書捨之一通』と呼ばれる古状短編型往来で、その内容からして『義経含状』とともに江戸初期に作られたと思われる擬古状。特に『腰越状』と類似した表現が顕著で、それに基づいたものであろう。内容は、衣川において討死を覚悟した弁慶が、雲州鰐淵山に身を寄せ真言不思議の修行に打ち込んだ幼少から、五条の橋での源義経との出会い、以後のうち続く平家との合戦を想起し、梶原の讒言によって不運にも今主君とともに天命尽きんとする際の想いを述懐したもの。対句的な表現や、「良薬口に苦し」「金言耳に逆ふ」「感涙肝に銘ず」「貞女両夫に見えず」等の慣用句・俚諺が多用されており、内容豊かな文章といえる。文末には、本来討死の年時である「文治五年閏四月廿八日(あるいは廿七日)」という日付が付されることが一般であるが、その代わりに「天和三癸亥(五月吉日)」という単行刊本の刊記を誤って踏襲したものも少なくない。SE03292
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★村名日記名所[村名覚]・手形文
¥2,000
★村名日記名所[村名覚]・手形文 【判型】大本1冊。縦277粍。 【作者】大谷熊吉書。 【年代等】嘉永3年10月書。 【備考】分類「往来物」。袋綴じ展開収録。『村名日記名所・手形文』は、前半に「村日記名所[村名覚]」、後半に「手形文」を収録した手習本。前者は「岩田・飯塚・十楽寺・中嶋・朝日・下条・沢新田・親沢…」と起筆して、越後国三島郡(現・新潟県長岡市・小国町・新潟市西蒲区・小千谷市・燕市など)とその周辺の村名・町名、さらに日本全国の主要地名や名所を列挙した後、「本大嶋御蔵所始、御作事、御厩会所入草…」で始まる一文で、年貢納入や農産物に関する用語を列挙する。また、後半の「手形文」は、借用証文・奉公人請状(延享3年)・質田地証文(寛保3年)の3通で、宛名は長岡や柏崎など使用地域周辺に設定された実用的な例文であるが、3通中2通は江戸中期の年号を付すため、本往来の成立は嘉永3年よりもかなり遡ると思われる。底本は、以上の本文を大字・3行・無訓で記す。SE03282
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★美濃国武儀郡関村・奥村家手習本(2種)
¥4,200
★美濃国武儀郡関村・奥村家手習本(2種) 【判型】特大本2冊。収録順に縦306・301粍。 【作者】奥村茂三郎書(第2冊)。 【年代等】嘉永元年11月書(第2冊)。 【備考】分類「往来物」。袋綴じ展開収録。美濃国武儀郡関村(岐阜県関市)・奥村家旧蔵の手習本2冊。第1冊『〈詩歌・文章〉村名・郡名并商売往来』は「詩歌」「文章」「村名[関近在村名]」「郡名[当国郡名]」「商売往来」を、第2冊『春秋詩歌・雑文章・村名附』は収録順に「雑文章(消息例文集)」「関近在之村名」「当国郡名」「詩歌」を収録した手習本。いずれも最初は料紙1枚を6分割した3丁の折手本で、それぞれ学習後に製本したもの。以上のうち、「村名[関近在村名]」と「郡名[当国郡名]」は、学習者所在地周辺の地名を列挙したもので、前者は「吉田、平賀、肥田瀬、鋳物師屋、稲河、稲口、迫間、田原…」以下の村名等を羅列する。また、後者は「不破や多芸、石津、大野に池田の庄、本巣安八、席田の里…」で始まり、「…此外に羽栗(ハグリ)・中嶋・海西の、尾張の三郡、美濃え入あり」と結ぶ七五調の文章で郡名を紹介する。SE03266
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★浪華名勝帖[難波名勝帖](2種)
¥3,400
★浪華名勝帖[難波名勝帖](2種) 【判型】折本1帖。縦248・248粍。 【作者】香川琴橋(徽・公琴・桐処・古桐・鳥文堂)作・書・跋。 【年代等】嘉永2年春、自跋。嘉永2年11月、香川昶跋・刊。[大阪]香川琴橋(鳥文堂)蔵板。 【備考】分類「往来物」。折本と和綴本の2種を全冊収録した(後者は袋綴じ展開収録。また、和綴本は1丁補写)。『浪華名勝帖[難波名勝帖]』は、大本1冊または折本1帖で、「浪華津にさくや此はな冬籠り、今は春へと咲や此花とよみて奉りし仁徳帝の御宮居、いとも尊く高き屋に、のほりてみれは煙たつ、民の竈も賑ひて…」で始まる七五調の文章で、大坂周辺の名所旧跡・神社仏閣の景趣・縁起等を列記した往来物。「隆専寺の絲桜」や「鳳林寺の什宝は、干満の珠のひかりある、智恵を授る虚空蔵…」のように各地の特色を織り込んだ本文を大字・4行・無訓で綴る。作者の子・香川昶の跋文によれば、寛政8~10年刊『摂津名所図会』を参照して編んだものという。なお、本書は、同じ板木により和装本(冊子体)と折本の双方が出版された(折本は有郭、大本は無郭)。SE03244
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中仙道往来[中山道往来](永楽舎・3種)
¥1,000
中仙道往来[中山道往来](永楽舎・3種) 【判型】中本1冊。収録順に縦178・175・177粍。 【作者】永楽舎(昭満)作。 【年代等】嘉永4年以前刊([江戸]上州屋板)。ほかに江戸後期刊([江戸]釜屋友次郎板、[江戸]糸屋庄兵衛板)。 【備考】分類「往来物」。類板3種を全冊袋綴じ展開収録。『中仙道往来[中山道往来]』は、江戸より京都に至る中山道69次の駅名を七五調・美文体で詠みこんだ往来。「都路はあづまの海のみちかへて、中山道を心ざし、六十路余りに九ッの、宿もにぎおふ板橋を、跡に見なして行先は、もへ出る春の蕨のさと、伝ふ浦和の駅過て、爰ぞむさしの一の宮…」で始まり、「…栄ゆく宿の大津とは、錦の花の九重に、登り着こそ目出度けれ」と結ぶ。本文を大字・5行・付訓で記す。底本は、見返に「諸国御関所」および「関所通行手形(雛形)」、また巻頭に永楽舎序文や西行法師の和歌1首と木曽路風景図を掲げる(見返に「他出するに方角のよしあし有る日の事」、頭書に日本橋から京までの道中記(里程・名所等の案内)を載せた別本もある)。SE03243
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★木曽路下向往来(2種)
¥2,120
★木曽路下向往来(2種) 【判型】大本1冊。収録順に縦256・255粍。 【作者】原徳助書カ。 【年代等】嘉永7年12月書。 【備考】分類「往来物」。2冊とも、信州佐久郡熊久保村(現・長野県佐久市伴野熊久保)の原家で使用された手習本。第1冊に「松喜蔵■(書?)」「信州佐久郡熊久保、原両平」「嘉永七年寅十二月、人王三十一代、熊久保、原徳助書」、第2冊に「進上、小原、相浜村、碓氷伝兵衛」の書き入れがある。『木曽路下向往来』は、京都三条大橋から、信州軽井沢宿(長野県北佐久郡軽井沢町)までの中山道を宿駅を、その沿道の名所や風景を読み込みながら綴った往来物。嘉永7年本は、「華の錦の九重の、空は六十路の衢にて、渡りはじむる三条の、大橋越て三井寺の、鐘の闇に車牛、歩行も早き大津宿、琵琶の湖を見わたせば、矢橋の郷帆も薄霞、堅固の雁も囀ば…」と起筆し、「…少し噺して岩村田、小田井の蛙啼そめて、浅間嵐も只さむく、相生宿を追分と、誰か名を附て沓掛や、蜘場ヶ原に不改、居る鶴の羽筆も遠とふと、荷物も足も軽井沢」と結ぶ。SE03171
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★〈絵入文章〉大坂往来(2種)
¥8,240
★〈絵入文章〉大坂往来(2種) 【判型】半紙本1冊。収録順に縦220・224粍。 【作者】蔀関牛(藤原徳風・子偃・蔀屋仙三・楊斎二世)作・画。黒田庸行(見徳・成章館)書。 【年代等】嘉永元年8月初刊。[大阪]秋田屋市兵衛ほか板。江戸後期後印。[大阪]河内屋太助板。 【備考】分類「往来物」。嘉永板と後印本の2種を全冊袋綴じ展開収録(見開き図再掲)した。『〈絵入文章〉大坂往来』は、貞享2年以前刊『大坂往来』に大幅な増補を加えた往来物。「一翰令啓達候。先以御健勝之条、珍賀千万…」で始まる往状と「去程遼遠之処、御報書速到着、珍重々々…」で始まる返状の2通の書状形式で、「大坂津の賑ひ、神社仏閣月並・日なみ祭礼・縁日、名所旧跡・遊興の地、名物・名産、河海の魚肴・絹布・器財・薬種丸散・衣服・諸道具・草木・野菜に至るまで」(本書広告)を網羅的に列記する。江戸前期刊本よりもはるかに浩瀚な(約2倍強)地誌であり、同書の語彙集団を膨張させて一種の日用語辞典へと発展させている。本文を大字・5行・付訓で綴り、見開き挿絵8葉(大坂川口廻船入津・年始諸礼・天神祭夕涼・魚貝・住吉反橋・草花・天王寺遠望・四ッ橋景色)を掲げる。SE03156
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宝便古状揃大成(万延元年)
¥1,000
宝便古状揃大成(万延元年) 【判型】大本1冊。縦254粍。 【作者】不明。 【年代等】文化11年3月再刻。嘉永4年5月再刻。天保3年9月再刻。万延元年2月再刻。[江戸]森屋治兵衛板。 【備考】分類「往来物」。袋綴じ展開収録。『古状揃』は、中世以来、「寺」における手習い教科書として用いられてきた『今川状』を中心に、『腰越状』『含状(義経含状)』『弁慶状』『直実送状』『経盛返状』(以上2状を合わせて『熊谷状』とも)『曽我状』『大坂状』などの古状・擬古状や、『初登山手習教訓書(手習状)』『風月往来』などを組み合わせて出版した往来物。『宝便古状揃大成』は「今川状」「手習状」「腰越状」「義経含状」「弁慶状」「熊谷送状」「経盛返状」「大坂進状」「同返状」の9状を収録した往来物で、見返に「天満宮縁起」、頭書に「音訓千字文」と本文関連の挿絵、「七夕歌づくし」「隅田川往来」を載せる。SE03140
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★小竹斎和文章(2種)
¥3,280
★小竹斎和文章(2種) 【判型】半紙本1冊。収録順に縦226・222粍。 【作者】篠崎小竹(弼・畏堂・退庵)書。篠崎竹陰(概・訥堂)作・跋。 【年代等】嘉永6年10月、篠崎竹陰跋。嘉永7年1月刊。[大阪]梅花書屋蔵板。藤屋禹三郎板。 【備考】分類「往来物」。同板2種を全冊収録した(後半は袋綴じ展開収録)。『小竹斎和文章』は、「新年挨拶状」以下、上巳・端午の節句、紅葉見物誘引状、その他四季に伴う消息文例など13通を収録した往来。大字・2行・無点の手本で、草書体で綴る。SE03070
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★小竹斎消息帖(折本)
¥2,000
★小竹斎消息帖(折本) 【判型】折本1帖。縦284粍。 【作者】篠崎小竹(小竹斎・弼・南豊・長平・長左衛門)書。篠崎竹陰(・長平・訥堂・武江)跋。 【年代等】嘉永3年8月書。嘉永5年9月跋・刊。[大阪]篠崎小竹蔵板。藤屋禹三郎(北尾禹三郎・墨香居)売出。 【備考】分類「往来物」。『小竹斎消息帖』は、有馬温泉へ入湯した知人からの手紙に対する返状、新築祝儀の手紙など、日常書翰8通を認めた手本。半折(1頁)に大字・1行・無訓で記す。SE03069
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〈嘉永新版〉消息往来(小本)
¥1,000
〈嘉永新版〉消息往来(小本) 【判型】大本1冊。縦117粍。 【作者】長谷川実信画。 【年代等】嘉永3年秋刊。[大阪]河内屋藤兵衛(松栄堂)板。 【備考】分類「往来物」。袋綴じ展開収録(見開き図再掲)。『〈嘉永新版〉消息往来』は、『〈御家〉改撰消息往来』とほぼ同文の本文を5行・付訓で記した小本の往来物。『〈御家〉改撰消息往来』は、「凡、消息者、音信・贈答・安否を通、近所・遠国・長途、不限何事、人間万端を達之基也。書状・案文・手紙取扱之文字、一筆啓上仕、致啓達、令啓之類…」で始まる文章で、端作、時候、安否その他、手紙に多用する語句を、ほぼ手紙の文面に即した順序で列挙する。特に武家関連の語彙や、使者・使札、病名・治療法等に関する語句に増補が見られる。なお底本は、巻頭に色刷り口絵2葉(「天満宮」「日本能書三筆」)と「永字八法」、後付に「十二月異名」「はな息にて時をしる歌」「猫の目にて時をしるうた」を掲げる。SE03067
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★〈御家正流〉子供案文[子供案文〈手形証文入〉](亀屋板ほか・3種)
¥6,800
★〈御家正流〉子供案文[子供案文〈手形証文入〉](亀屋板ほか・3種) 【判型】中本1冊。収録順に縦181・181・179粍。 【作者】不明。 【年代等】嘉永3年8月刊([江戸]文林堂(亀屋文蔵)板)。江戸後期刊(2本目裏表紙に「嘉永元年」書き入れ、[江戸]山城屋新兵衛板)。 【備考】分類「往来物」。同板または類板3種を全冊収録した。『〈御家正流〉子供案文[子供案文〈手形証文入〉]』は、消息文例27通と証文文例23通を収録した用文章。前半の消息文例は「年始状」を始めとする五節句祝儀状や、通過儀礼に関する書状その他から成る。後半の証文類は「店請状」「奉公人請状」「地面売渡状」など基本的なものを収録し、巻末には証文類の書き方を記した「書法大概」を付す。本文を大字・5行(証文類7行)・付訓で記す。頭書に「書状封じ様」「様之字の事」「むかふをさしていふときには」「みづからをさしていふことば」など書簡作法・用語関連の記事を多数収める。本書には数種の異板があり、収録内容に小異がある。また、本書の改題本に江戸後期刊『大全一筆案文』がある。SE03060
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〈泰平用覧〉錦寿庭訓往来絵抄(2種)
¥2,160
〈泰平用覧〉錦寿庭訓往来絵抄(2種) 【判型】大本1冊。収録順に縦254・253粍。 【作者】不明。 【年代等】嘉永4年春刊。[江戸]山口屋藤兵衛(錦耕堂)板。 【備考】分類「往来物」。同板2種を全冊袋綴じ展開収録した(それぞれ1丁ずつ落丁があるため、別本で補った)。『〈泰平用覧〉錦寿庭訓往来絵抄』は、『庭訓往来』本文を6行・無訓で記し、頭書に本文要語の挿絵を掲げたもの。挿絵には所々略注を付す。また、巻頭に「本朝能書三筆」の図を載せる。SE03001
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算学稽古大全[〈増補改正〉再板改算記大全](3種)
¥3,500
算学稽古大全[〈増補改正〉再板改算記大全](3種) 【判型】半紙本1冊。収録順に縦225・222・222粍。 【作者】松岡能一(長延・良助・貞八・子料・梅林)作。松岡清信(常八・定八郎)補。四宮順実(上水)序。 【年代等】文化3年1月、四宮氏序。文化5年6月初刊。嘉永2年再刊。文久元年再刊。[大阪]河内屋太助板。 【備考】分類「和算」。文化板・嘉永板・文久板の3種(後2者は抄録)を収録した。全冊収録の文化板は袋綴じ展開収録(見開き図は再掲)。本書は、自序によれば先行の『算学指南』が「法のまゝ書ならべたるのみにしてその解をそなへず、又、術意の起源をさとさず大に指南の題号にそむ」くものであることから、その不備を補ったもの。冒頭に「用字凡例」「定算盤位」「大数・小数・度数・量数・衡数・寸重・尺重・九九・八算・見一」「八算見一起源」を掲げ、続いて算盤図を掲げながら「加減」「八算之図」「見一之図」などの加減乗除計算の基本を示し、さらに「まゝ子だての事」「雑穀之部」「たばこの部」「銭之部」「小判之部」「綿之部」「尺寸之部」「増減之部」「利足之部」「物成杉形之部」など実用数学の例題を列挙し、さらに「開平法」「開立法」以下のより高度な各種計算方法を示す。文化5年、文政4年、天保4年、嘉永2年、文久5年と五刻を数えた和算書のベストセラー。SE02985
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〈運気考〉五穀人豊紀[嘉永六年癸丑年五穀人豊紀](嘉永6年)
¥700
〈運気考〉五穀人豊紀[嘉永六年癸丑年五穀人豊紀](嘉永6年) 【判型】中本1冊。縦187粍。 【作者】嶋津大定(オオサダ*土御門殿門人・東奥桃桑臥仙)作。 【年代等】嘉永5年11月刊。[江戸]玉光堂善助板。 【備考】分類「気象・農業」。嘉永6年の月別の天候予測。巻頭に「大風雨の変察する事」、巻末に「生年生日によりて禍を遁れ、悪しきを去り善となる心がけの事」「疫病即効の薬方」について記す。SE02966
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〈御免〉五穀人豊紀[嘉永五壬子年五穀人豊紀]
¥700
〈御免〉五穀人豊紀[嘉永五壬子年五穀人豊紀] 【判型】中本1冊。縦185粍。 【作者】嶋津大定(オオサダ*土御門殿門人・東奥桃桑臥仙)作。 【年代等】嘉永4年11月。刊。[奥州福島]臥竜堂丈助板。 【備考】分類「気象・農業」。嘉永5年の月別の天候予測。巻頭に「大風雨の変察する事」、巻末に「生年生日によりて禍を遁れ、悪しきを去り善となる心がけの事」「疫病即効の薬方」について記す。SE02965
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〈西国〉順礼歌諺註図会[西国巡礼歌諺註]
¥2,280
〈西国〉順礼歌諺註図会[西国巡礼歌諺註] 【判型】大本3巻3冊。縦254粍。 【作者】厚誉(廓元・春鴬)作・跋。碓井一麿(碓井一丸)補遺・画。 【年代等】嘉永元年刊。[大阪]河内屋仁助ほか板。 【備考】分類「歌謡」。袋綴じ展開収録(見開き図再掲)。西国三十三所順礼歌(御詠歌)の注釈書。清水谷孝尚『巡礼と御詠歌』によれば、西国三十三観音順礼歌の注釈書は、享保11年『西国順礼歌諺註』、同『観音三十三所諺註』、宝暦5年『西国順礼歌奥義抄』、宝暦11年『順礼歌要解西国三十三所』、明和9年『西国順礼歌』、同『西国順礼故新和歌』、寛政8年『西国順礼歌圓解』、嘉永2年『観音経御詠歌略註』、安政5年『西国三十三所御詠歌仮名抄』などがある。これら刊本の書名を見る限り、観音霊場順礼の際の仏教歌謡は江戸中期までは「順礼歌」と呼ばれ、江戸後期に入って「御詠歌」と呼ばれるようになったらしい。ちなみに、Sighinas, Mihaela Lacramioara「「近世日本における西国巡礼の展開—厚誉春鶯『観音霊場記』及び『西国巡礼歌諺註』を中心に—」によると、中国では古くから天台山や五台山への巡拝が発達し、その伝統が中世日本にも影響を与え、特に修行の場としての霊山への巡礼を中心に受け継がれていった。そういった中、衆生救済のために三十三種に変化すると言われる観音菩薩が示現する霊場を巡拝していく「西国三十三所観音巡礼」が形成される。この霊場めぐりは当初、修験者や僧侶に限られていたが、江戸時代には交通網の発展により庶民の参加が可能となり、観光的な要素を取り込みながら、全国的に広がりを見せた。これら西国巡礼の社会的な浸透には数多くの出版物の存在が見逃せないが、特に、仏僧が観音の縁起利生譚を書き記した霊場記物のうち、松誉巌的が貞享4年(1687)に刊行した『西国洛陽三十三所観音霊験記』が初出である。宝永2年(1705)にはその改訂版『西国三十三所観音霊験記真鈔』が出版され、これに触発され、享保11年(1726)には『西国三十三所観音霊場記』と、それと対をなす『西国巡礼歌諺註』を世に問うことになる。この2書は、辻本基定編『西国三十三所観音霊場記図会』の元本であり、後代に影響力を保ち続けた点から見ても、注目に値する。 SE02946
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〈俳諧季寄〉これこれ草[俳諧季寄是々草]
¥1,520
〈俳諧季寄〉これこれ草[俳諧季寄是々草] 【判型】半紙本2巻2冊。縦227粍。 【作者】加藤正得(良左衛門)作・序。加藤正修校。片岡香雨画。 【年代等】嘉永3年8月自序。嘉永3年12月、梅慮閑人序。嘉永6年11月刊。鳴庵蔵板。[大阪]河内屋茂兵衛(岡田郡玉堂)売出。 【備考】分類「俳諧・本草・植物」。備中岡田藩士、加藤良左衛門正得が著した植物季語集ならびに植物図鑑。凡例によれば、本書の植物名は和名・俗名の別なく『誹諧季寄大成』の記載を「本名」として編集し、それぞれ本名の下に漢名(多くは小野蘭山の説に従う)を記すほか、適宜、気味・主能のほか、異名にも言及し、それぞれに植物図を掲げる。上巻に「ナヅナ(薺)」~「イチハツ(鳶尾)」の30種、下巻に「ミル(水松)」~「イヌタデ(馬蓼)」の32種、合計62種を収録する。 SE02924
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甲越川中嶋軍記(前編)
¥2,000
甲越川中嶋軍記(前編) 【判型】中本前編2巻2冊(前後2編4冊中)。縦178粍。 【作者】柳下亭種員(タネカズ、麓園種員)作。歌川芳虎(一猛斎芳虎・孟斎・永島辰五郎)画。 【年代等】前編:嘉永3年自序・刊。刊行者不明。*後編2冊は嘉永4年自序・刊。 【備考】分類「合巻」。『甲越川中嶋軍記(前編)』は、『甲越川中嶋軍記』は、江戸時代後期の草双紙(合巻)。文章は戯作者の柳下亭種員、画は歌川芳虎。刊行は嘉永3年(1850年)または翌嘉永4年か。『甲越川中嶋軍記』はこの激増期の作品で、『甲越川中嶋軍記』は文化6年から文政8年頃に刊行された速水春暁斎作の読本『絵本甲越軍記』を元にしており、川中島における信玄・謙信の一騎討ちを中心としたダイジェストとなっており、文章を配した柳下亭種貞は一般的な「作」「編」を用いずに「訳」を用いている。内容は甲斐・越後間の戦いに重点が置かれており、『絵本甲越軍記』で詳細に記されている晴信(信玄)の初陣や信玄の父信虎の追放などについては簡略化されている。画に関して、『絵本甲越軍記』では各巻に数葉ずつ挿絵があるが、『甲越川中嶋軍記』では共通する場面は少なく、画工の芳虎は『絵本甲越軍記』を参照していなかったものと考えられている。著名な川中島の戦いにおける一騎討ちの場面については、『甲越川中嶋軍記』では文章において両軍は川の中で戦ったと記しているに対し画では床几に座した信玄が軍配で謙信の太刀を受け止める様子が描かれており、混乱が生じている。こうした混乱が生じた背景には当時、浮世絵など一騎討ちの画題では信玄が床几に座した構図が定型化しており、一方の文章においてはリアリティを重視して川の中で戦ったとする説を採った可能性が考えられている(Wikipedia参照)。SE02712