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★〈合書往来〉童子早学問[〈新撰増補〉明治合書往来]
¥9,800
★〈合書往来〉童子早学問[〈新撰増補〉明治合書往来] 【判型】中本1冊。縦184粍。 【作者】大橋甚吾編・刊。 【年代等】明治19年4月刊。[富山]大橋甚吾(求古堂)板。 【備考】分類「往来物」。袋綴じ展開収録。『〈合書往来〉童子早学問[〈新撰増補〉明治合書往来]』は、富山板の中本(1点のみ小本)往来物を数多く合本した往来物。収録順に「商売往来(真草両点)」「消息往来(真草両点)」「消息往来講釈」「商売往来絵字引(小本を中本仕立てにした余白過剰本)」「七ッいろは(真草両点*末尾に「西洋イロハ」「万葉いろは」「乗算九九」「仮名遣(カナグサリ)」「五音口中開合」「偏冠構字集」「十幹十二支」「時計文字」を掲載)」「名頭・大日本国尽・村名尽・越中国郡名」「寺子教訓書・書初詩歌・七夕詩歌」「童子早学問」「地方往来」「算法独稽古」「千字文」「即席紋形切様秘伝(天保13年初刊、福受堂板)」「郵便用文章(「年始之文」~「歳暮之文」の18通)」「各種字尽(草木・薬種香具・禽獣・魚貝・虫・器財・支躰病・衣服・飲食の9部、および「大数・小数」「月の異名」)」「実語教・童子教(真草両点)」を収録する。SE03370
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〈童子専用〉寺子調法記(弘化3年・別本2種)
¥2,400
〈童子専用〉寺子調法記(弘化3年・別本2種) 【判型】半紙本1冊。収録順に縦225・224粍。 【作者】速水春暁斎画。池田尚古館校。 【年代等】安永5年1月初刊。弘化3年1月五刻・再刊。[京都]蓍屋宗八ほか板。 【備考】分類「往来物」。同板2種を全冊袋綴じ展開収録した。『〈童子専用〉寺子調法記』は、安永5年の初板本以来、文化5年、文政7年、天保3年、弘化3年、元治2年と幕末に至るまで六刻を数えた江戸後期の代表的な合本科往来。本文は「実語教」「童子教」「今川状」「腰越状」「商売往来」の5本から成り、いずれも大字・5~6行・付訓で記す。従来の合本科往来には付き物であった「庭訓往来」「御成敗式目」「風月往来」などを収録せず、また、『古状揃』中からも「今川状」「腰越状」以外を省いた点が独特である。頭書等に、「国尽」「名尽」などの基本語彙や「書初・七夕詩歌」「証文之事」「九々の声」等の記事、また、「謡講廻状」「当流小うたひ」「京町小路」など京都町人子弟の学習にふさわしい内容を簡潔にまとめるのも特徴。なお、本書からの抜刷本『〈童子専用〉実語教・童子教』が存するように、本書を部分的に流用した刊本も種々存したと思われる。SE03369
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惜み咲[名物庭訓往来ほか]
¥2,000
惜み咲[名物庭訓往来ほか] 【判型】大本1冊。縦268粍。 【作者】不明。 【年代等】寛保元年8月書。 【備考】分類「往来物」。袋綴じ展開収録。『惜み咲』は、「定」「名物庭訓往来」「女今川」「書物之事(奉公人請状)」の4種を収録した手習本。「定」は、寺子屋・漢学塾等の規則で、7カ条から成る学習。「名物庭訓往来(名物庭の訓の往来)」は、「京羽二重に越前綿入て上様の人を暖、狭布(キョウ)の胸あわすに緒屑押込て、山賤(ヤマガツ)に汗かゝせ、松前に膃肭臍出て、血分を補へば、南部に黄精(オウセイ)を製して腎気をすみやかにならしむ。…」で始まる短文で、諸国の名物の一端を列記した往来物。「女今川」は、貞享板系統で、全23カ条と後文から成る壁書形式の女子教訓。「書物之事」は奉公人請状の雛形。以上の本文を大字・3-4行・無訓で記す。SE03367
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★和泉名所・百姓往来・異見状(文政13年)
¥2,000
★和泉名所・百姓往来・異見状(文政13年) 【判型】半紙本1冊。縦240粍。 【作者】不明。 【年代等】文政13年1月書。 【備考】分類「往来物」。『和泉名所・百姓往来・異見状』は、「和泉名所」「百姓往来」「異見状」の3本を合綴した手習本。いずれも大字・4行で、「和泉名所」のみ無訓、他は付訓で記す。「和泉名所」は「陽春之弥生中はも長閑にて、我住国の寺院・古跡一見仕度、近隣之一両輩令誘引、先茅渟(ちぬ)之浦浜寺より出懸候…」で始まる文章で和泉国内の名所とその故事などを紹介した往来。「百姓往来」は、『耕作往来』や『耕作文章』とほぼ同内容の往来で、流布本『百性往来』とは異文。「抑、百性を指て御宝の民と仰とかや。春夏秋冬、七十二侯、時節之応変を考、営むへき条々常々存知事なれども、愈能(いよいよよく)童蒙ニ覚さしめんがため次第不同を厭ず愚なる筆にまかす…」と起筆して、農作業の身支度、四季の変化に応じた耕作手順と必要な道具、栽培すべき作物、折々の心得、また収穫期の検地・納税までを述べて、「…千秋万歳、万々歳、仏神加護、弥増ニ君の恵ぞ難有々々」と結ぶ。「異見状」は、流布本の『異見状』とは異なり、「屋根者笹葺に、外は自然之竹垣(ささがき)に、十四、五なる少人独使はれて、家に杖突齢にて…」で始まる教訓で、自らの人生を回顧しながら幼時の生活態度を諭す老人の話を立ち聞きした著者がその場で扇に書き付けたものとする。なお、『異見状』と酷似した往来に『徒往来』や『垣越状』がある。SE03366
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★天文にしきの緒[天文錦の緒](2種)
¥2,680
★天文にしきの緒[天文錦の緒](2種) 【判型】半紙本1冊。収録順に縦221・222粍。 【作者】吉良義風作。 【年代等】明治6年1月刊。[東京]紀伊国屋源兵衛(中外堂)板。 【備考】分類「往来物」。同板2種を全冊袋綴じ展開収録した。『天文にしきの緒』は、地球や太陽を始めとする天文の基礎知識を七五調に綴った往来。初めに太陽と八惑星(当時冥王星は未発見)について触れ、星の光や月食の原因や、地球の赤道・経緯線や地球各地の気候、地球上の陸と海、昼夜の原因と地球の自転・公転、引力、太陽の大きさや地球からの距離、その他、惑星・衛星等に至るまでを種々説明する。本文を大字・6行・付訓で記す。 ◎禁無断転載・複製SE03365
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★蓮池堂文盟山人書(折本)
¥1,400
★蓮池堂文盟山人書(折本) 【判型】折本1帖。縦257粍。 【作者】蓮池堂文盟書。 【年代等】江戸後期書・刊。刊行者不明。 【備考】分類「往来物」。『蓮池堂文盟山人書』は、六歌仙・六玉川・三夕の和歌を散らし書きで綴った折手本。「六歌仙」は、『古今和歌集』序に掲げられている6人、すなわち平安初期、歌道に秀でて歌仙と称せられた在原業平・僧正遍昭・喜撰法師・小野小町・文屋康秀・大伴黒主で、その和歌6首。「六玉川」は、井手の玉川(山城国)、三島の玉川(摂津国)、調布の玉川(武蔵国)、野路の玉川(近江国)、野田の玉川(陸奥国)、高野の玉川(紀伊国)の6つの玉川を詠んだ和歌6首。「三夕の和歌」は、『新古今和歌集』秋上に所収の、第5句が「秋の夕暮」である3首の和歌。すなわち、寂蓮法師の「さびしさは其の色としもなかりけりまき立つ山の秋の夕暮」、藤原定家の「み渡せば花ももみぢもなかりけり浦の苫屋の秋の夕ぐれ」、西行の「心なき身にもあはれはしられけり鴫(しぎ)立つ沢の秋の夕暮」の3首。SE03364
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★竜池院宮宝翰三十六歌僊[中古三十六人歌合](石刷折本)
¥1,400
★竜池院宮宝翰三十六歌僊[中古三十六人歌合](石刷折本) 【判型】折本1帖。縦214粍。 【作者】尊朝法親王(竜池院)書。 【年代等】万延2年1月、猪瀬尚賢跋・刊。刊行者不明。 【備考】分類「往来物・和歌」。『竜池院宮宝翰三十六歌僊』は、跋文による仮称。内容は、平安末~鎌倉初頭の歌人を番えた歌合で、後鳥羽院・前中納言定家・後鳥羽院宮内卿・参議雅経・能因法師以下36人の著名な歌人の代表歌を、歌合の形式で左右に分けて編集した『中古三十六人歌合(中古歌仙)』で、底本は上月家に伝わる尊朝法親王(竜池院)の直筆本を上梓したもの。見開き1折(2頁)に5行・無訓の散らし書きで認める。SE03363
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★要用往来(折本・2種)
¥2,000
★要用往来(折本・2種) 【判型】折本1帖。収録順に縦250・252粍。 【作者】猪瀬尚賢(直方・方平・譲之助・丈之助・晴雪楼)作・書。 【年代等】万延元年5月作・刊。[江戸]丸屋徳造(丸屋徳蔵・宝善堂・関山徳造)板。 【備考】分類「往来物」。同板2種を書袋ともに全冊収録した。『要用往来』は、『五人組帳前書』の条項に沿って順次語彙を列挙した手本。まず折本が刊行され、続いて大本が出版されたと考えられる。公民たるに必要な法令関連語彙が中心を占め、「夫、人々蒙聖代恩沢、累世安穏令家跡相続、弁冥加、日夜職業専一相営、若年砌、有余力者、読書・算筆之稽古心懸…」と筆を起こして、家業出精、余力学問、孝行、博奕禁止、分限、遊芸、金銭、訴訟、契約、証文、取引、喧嘩、その他反社会的行動、裁定、地方・租税、相続、人倫、社会生活、忠孝、賞罰等の語彙を羅列する。折本は大字・2行(1折4行)・ほとんど付訓、大本は大字・4行・ほとんど付訓で記す。SE03362
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〈長周叢書〉万治制法(活版和装)
¥1,000
〈長周叢書〉万治制法(活版和装) 【判型】半紙本1冊。縦227粍。 【作者】毛利綱広(泰巌公)作。村田峯次郎編・跋。 【年代等】万治3年作。明治24年8月、自跋・刊。[東京]稲垣常三郎板。 【備考】分類「往来物」。活版和装本。袋綴じ展開収録。「長周叢書」第11回配本の1冊で、『万治制法』を収録。「長周叢書」は、村田峰次郎編、明治23-25年刊、全21冊。「群書類従」「史籍集覧」などに擬して防長関係文献を編修復刻したもの。「大江匡房卿伝」1冊、「長門国誌」「長門金匱」合1冊、「萩古実未定之覚」1冊、「万治制法」1冊、「吉田松陰先生遺文」1冊、「輝元公上洛日記」1冊などを含む。明治31年刊の続篇には「吉田物語」3冊、「温故私記」3冊がある(コトバンク参照)。『万治制法』は、『万治条目』『毛利家制法条々(当家制法条々)』『毛利藩御制法』『毛利藩三十三ヶ条』などとも呼ばれ、長門・周防両国の太守・毛利綱広が、「家祖元就の遺法に基き、深くその奥旨を鑒み、並に当時幕府の法令等を参酌して制法三十三箇条を定め、万治三年九月十四日発布」された法律。この地域では毎年正月11日に政庁で朗読されたほか、領内の童蒙の手習手本としても使用された。第1条「天下諸事之御制法宜相守事」以下、文武奨励、公事訴訟、分限・礼儀、武士心得、諸役心得、衣装・饗応、婚礼儀式、継目・養子、人沙汰、喧嘩・口論等、失火、乗輿、知行・守護、目付心得など33カ条から成る。SE03361
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★本朝茶経〈茶道歌〉(高精細)
¥2,400
★本朝茶経〈茶道歌〉(高精細) 【判型】大本1冊。収録順に縦266粍。 【作者】竹村一玄(浜荻一玄・晴雲堂)作・書。松寄亭(三室戸宮内卿能光)序。小山白嶺(蒼波亭)画。 【年代等】文化4年10月序・刊。[京都]中川藤四郎板。 【備考】分類「往来物」。題簽は別本画像により作成したものを和紙に印刷して添付。底本は松寄亭の序文を欠くもので、全冊通常収録した。『本朝茶経〈茶道歌〉』は、日本の茶道の歴史や茶室・茶器・茶席等の用語・心得を記した往来物。巻末広告で「一会ノ茶席ニ原キ、路次・数寄屋・会席・家具ノ名目、及ビ主客ノ応答、茶器品類ノ故実等文章ニツヾリ、手習ノ助トス。平日座右ニ有テ執筆ノ便トモナルベシ」と紹介する。冒頭で唐・宋代の喫茶習慣の確立や、茶道の礼式を定めた陸羽の『茶経』等に触れ、続いて、足利義政が東求堂に茶席を設け、貴賤が交流する茶会を開催したことや、本朝の「茶祖」たる村田珠光、武野紹、千利休らの代表的茶人とその事蹟を紹介する。さらに、茶会の案内・準備など亭主方心得を述べ、茶室各部の名称や室内装飾品、茶道具その他の名称・種類・素材なども詳述するほか、会席料理の種類や会席に必要な食器類や活花の諸知識等を盛り込みながら、茶器の名品の数々や鑑賞の仕方までを教える。本文を大字・4行・付訓の習字・素読兼用に綴る。本文中に廬路風景、亭主の配膳、水屋、会席、菓子などの見開き挿絵9葉(一部3色刷り)を掲げるほか、巻末に茶道心得を詠み込んだ「茶道歌五十首」を付す。芸能関連では最初の本格的な往来物であり、庶民文化の爛熟ぶりを示す資料として意義深い。なお、刊記に『続本朝茶経』の広告が掲げるが未刊に終わった。SE03360
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★邦制往来(初篇・2種)
¥2,320
★邦制往来(初篇・2種) 【判型】半紙本1冊。収録順に縦225・225粍。 【作者】島次三郎(圭潭・桂潭)作。 【年代等】明治年間刊。[東京]高木和助ほか板。 【備考】分類「往来物」。同板2種を全冊袋綴じ展開収録した。『邦制往来』は、広告によれば全3巻の予定で、「各国の人種・風俗・政体・言語・文字・教法・沿革等を集め、訳画を加へて俗文に綴る。最も地学に欠べからざるの読本也」と紹介するが、実際に刊行されたのは初編のみ。概要は、世界五大洲の人種・風俗・文化水準等に焦点を絞って記述した往来物。「夫れ世界人種の大綱を、莫古(モンゴリアン)種、高加索(コウケシ)…」で始まる七五調の文章で、世界五大人種(本書ではモンゴリヤン・コーケシ・エチオピック・アメリカン・マレーの五つ。今日一般では、コーカソイド・モンゴロイド・ネグロイドの三大人種または、オーストラロイド・カポイドを加えた五大人種)の身体的特徴や人口、分布を示す。続いて、各人種の文化水準を「野蛮・半開・未開・文明開化」の四種に区分した場合の文化の状況、生活・風俗・政体、またそれぞれの具体例(国名)を紹介する。本文を大字・5行・付訓で記す。巻頭に色刷りの「人種区分之図」、頭書に「人類図解」「野蛮・未開・半開・文明・政体」の記事を載せる。SE03359
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浅間乃記・女消息往来・武家諸法度(天和令)
¥1,000
浅間乃記・女消息往来・武家諸法度(天和令) 【判型】半紙本1冊。縦195粍。 【作者】藤原光広(烏丸光広・黄)作。竜渕堂暘演書(武家諸法度)。 【年代等】天明7年9月、竜渕堂暘演書。天保13年5月書(女消息往来)。 【備考】分類「往来物・香道」。袋綴じ展開収録)。便宜上08社会科往来に分類。本書は、烏丸光広作の紀行文「浅間乃記」と、「女消息往来」「武家諸法度(天和令)」の2つの往来物を合本した写本。「浅間乃記」は「おほよそ香にめづる思をたてゝこのましう侍るは、むかしいまのことなるべし。黄熟紅塵は聖武の御時つたはり、どのゝち十種の香などいひしろひつゝ世にもてあそびし。こなたまた追加して名香六十種ばかりにもやあまりけん…」と起筆し、種々の名香や東山殿(足利義政)御物名香「浅間」の由来などを記した文章で、末尾に詩歌4首を付す。「女消息往来」は、「凡婦人女子の玉章は、一筆文して申上、示しまいらせ候、御書拝見、御消息拝し上、御細々との御文被下、御文の様返々眺入参らせ候…」で始まる文章で、女子消息文に多用する語句などを列記した往来物で、高井蘭山作、文化2年刊『〈七夕歌尽〉女消息往来』の本文とほぼ同内容。「武家諸法度」は、5代将軍綱吉治政の天和3年に発布された武家諸法度(天和令)で、養子及び殉死禁止の条項が追加され、人質追放・死刑の条項が削除されたほか、従来の冒頭「文武弓馬に励む」を「文武忠孝、礼儀正しく」と修正してある。SE03358
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★鶴舞藩人民教諭書
¥1,400
★鶴舞藩人民教諭書 【判型】半紙本1冊。縦247粍。 【作者】鶴舞藩制定。 【年代等】明治2年10月刊。明治2年11月頒布。[鶴舞藩]鶴舞藩勧農方板。 【備考】分類「往来物」。鶴舞藩(藩庁:市原郡石川村(現・千葉県市原市鶴舞))が、明治2年11月25日に頒布した教諭書。第一条「従朝廷被仰出之趣弥堅く可相守候事」、第2条「天子様と申上奉るは天照皇太神宮様の御子孫にましまして此世の始より日の本の御主にて、誠に尊き事、たとへ候にものなく敬ふべき事なり。…」以下、天子と人民との関係と役割、第3条親孝行、第4条家業出精、第5条質素倹約、第6条喧嘩口論・公事訴訟の戒め、第7条人命尊重と間引禁止までを説く。概ね江戸時代と同じだが、各条とも天皇の神格化を図っており、徳川将軍以上の絶対者に位置づけようとする意図が明白である。以上のうち、間引禁止は木更津県になってからも重要施策として取りあげられ、初期千葉県の特色ある政策の一つとなった(長柄町デジタルアーカイブ参照)。SE03357
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★長防臣民合議書[防長臣民合議書](長州藩)
¥1,400
★長防臣民合議書[防長臣民合議書](長州藩) 【判型】半紙本1冊。縦226粍。 【作者】宍戸璣(シシドタマキ、山県半蔵)作(起草)。 【年代等】元治2年11月刊記。慶応2年1月起草・刊。[山口]長州藩蔵板。 【備考】分類「往来物」。全冊袋綴じ展開収録。『長防臣民合議書』は、1866年1月4日、宍戸璣によって起草され、萩の土原で80万部が木版印刷され、長州藩領内に配布された書物。長州藩は寺小屋が多く、識字率は高く、ほぼ全戸に配布された。 【概要】禁門の変により朝敵となった長州藩は武家官位を剥奪され、周防・長門を支配する正当性を失った。そのため「日本国長州藩」ではなく「長防臣民国」という独立国家という体裁をとっていた。長州藩は幕府の討伐軍を迎えるに至り、藩士だけでなく百姓に至る領内各戸に本を配布した。容量は20ページ、製本数は36万部。各戸配布に至った背景には、国内第2位の寺子屋数(約1400)を有し、識字率が高かったことが挙げられる。この合議書には「のちの世の中に志があやまって伝えられないように、すべての人がこの文書を懐に入れ戦場に立つ」という記述があるように、討伐により長州藩が改易されようとも領民に事実を伝え、語り継がせようという思惑も窺える。 【内容】赤穂事件において赤穂藩の浪士たちが改易後に浅野長矩の私怨を晴らすために討ち入りを行った例を挙げて、皇国のために働いた結果、冤罪で朝敵とされた藩主毛利敬親のために長防臣民は七生報国の忠義を尽くすべきである、という内容や、戦争の正当性、戦争の目的を領民に説いている。 【結果】従来は藩内の「士」(士族と義勇兵のみ)が危機意識を抱いていた状態であったが、「民」(領民)にも危機意識が芽生えた。民衆の不満は長州藩の支配層から幕府に向けられ、古来より多発していた領内一揆が収まるという効果を発揮した。個人単位では長州征伐において領民の志願兵増加、物資・駐屯地提供、諜報活動の協力などの活動が盛んに行われた(Wikipedia参照)。/長州藩が戦争の覚悟を宣言した印刷物。高杉晋作の下関挙兵が成功して諸隊側が政権を掌握した長州藩では、慶応元年(1865)3月、幕府へ謝罪の態度を示しつつ攻撃されれば戦うという「武備恭順」の方針に統一する。これを知った幕府は同年4月、再び長州征討を布告した。この「長防臣民合議書」は宍戸備後助(璣)が起草したもので、翌年3月、36万部を印刷して藩内に配布したという。この書では、ペリー来航以来、朝廷・幕府に忠節を尽くした藩主父子が、「朝敵」になったことの冤罪を訴える。また、後世への誤伝がないよう、兵士全員がこの書を懐に入れ、討死の覚悟で戦場に立つようにと結ぶ(文化遺産オンラインHP参照)。/【木活字版と製版について】印刷された「長防臣民合議書」には楷書片仮名書の木活字版と、草書体で彫られた製版(木版)の2種類がある。36万部刷ったというのは誇張された数字のようだが、大量に刷られたのは事実である。 【印刷部数】第2次長州征討(四境戦争)に備え宍戸備後助(宍戸璣 山縣半蔵)が起草し、藩内で配布されたもの。内容は、長州藩の朝廷への忠節を説き、今は朝敵の汚名を受けているが、全員一致協力してこの冤罪を晴らそうと訴えたもの。冒頭に36万部刷ったと記されているが、実際は数千部の印刷だったといわれている(山口図書館所蔵資料HP参照)。/第2次幕長戦争を間近にひかえた慶応2年(1865)3月、長州藩は自らの正当性を強くアピールするために、「長防臣民合議書」という冊子を大量に印刷し、藩の内外に配布した。そこでは、黒船来航以来、長州藩が一貫して朝廷および幕府に忠誠を尽くしてきたことや、それにもかかわらず「朝敵」となっている現状に対する憤りが理路整然と述べられている。また、この汚名を晴らすために、一致団結して幕府と対決する覚悟も記されている。これを起草したのは、当時、広島で幕府との折衝に当っていた宍戸璣(備後助)である。同年1月4日付の山田宇右衛門らにあてた書簡の中で、「藩内が一致団結し、少しの隙間もない姿を藩外に見せることが必要」、「すぐに刊行して藩内はもとより他国へも配りたい」、「早くしないと間に合わない」、「写本では効果が薄いため、印刷をする」、「刊行されたら藩内は後回しにしても、先に藩外に配りたい。広島には40~50冊送って欲しい」と述べている。情報の力を利用して幕府との交渉を有利に進めたいという、長州藩の思惑が見て取れる(山口県文書館HP参照)。 ◎禁無断転載・複製SE03356
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★棚機火術控[七夕詩歌・御花火手本書扣]
¥2,360
★棚機火術控[七夕詩歌・御花火手本書扣] 【判型】中本1冊。縦169粍。末尾の古文書一枚物は、縦248粍×横337粍。 【作者】今井登裳太書(「七夕詩歌」)。 【年代等】安政5年8月以降作・書。 【備考】分類「往来物・火術」。袋綴じ展開収録。『棚機火術控』は、「七夕詩歌」と「御花火手本書扣」を合本した往来物・火術書。前半の「七夕詩歌」は、約30首の七夕詩歌を様々な書法で綴ったもの。また、後半の「御花火手本書扣」は、まず冒頭に「抑、安政五年戊午八月十五日ニ而九分の御土拵奉存候…」で始まる花火仕様書風の序文と、花火道具の「鉄砲上々くすり/焔硝上御くすり」、続いて、「昼星」「巻雲雀」「大星の玉火」「中玉火」「小星玉火」「蜂火」「蛍合戦」「赤玉」以下約30種の玉名(花火の名称)毎に火薬材料と調合割合などの製法を記す。末尾には、「鉄砲薬拵」等について同様に記し、適宜、花火の図解なども添える。また、花火の製法に関する補足の古文書3点を挿入する。SE03355
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★滝本二筆帖〈松花堂・宮本坊〉(安永10年)
¥2,000
★滝本二筆帖〈松花堂・宮本坊〉(安永10年) 【判型】特大本1冊。縦286粍。 【作者】松花堂昭乗(惺々坊・惺々翁・滝本坊)書。太気実樹(武村直平・南窓)跋。 【年代等】安永10年1月刊。[京都]大橋仁兵衛ほか板。 【備考】分類「往来物・書道」。袋綴じ展開収録。『滝本二筆帖』は、題簽に記載するように松花堂昭乗と宮本坊(詳細不明)の2人の書家の筆蹟を上梓した書道手本(薄墨の陽刻)。前半部は松花堂昭乗筆の詩歌で、末尾の書札が宮本坊の筆蹟と思われる。SE03354
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★早速千字文(3種)
¥3,960
★早速千字文(3種) 【判型】大本1冊。収録順に縦260・260・272粍。 【作者】梅聖(梅厓)作・跋。 【年代等】文化2年春刊。[名古屋]永楽屋東四郎ほか板。 【備考】分類「往来物」。文化板2種と抄録本1種を全冊収録した。『早速千字文』は、異種「千字文」の一つ。ただし、漢字4字1句で区切れない箇所もあり、また、合計1000字の中には重出する漢字が多数ある点で厳密な意味での『千字文』形式と異なる。内容は、まず「一筆拝啓、呈上奉捧、奉達拙牘…」と書翰用語(冒頭語)の列挙から始まり、続いて六親九族・人倫、諸候、諸宗、武家等に関する語句などを連綿と続く文章中に掲げ、さらに「菟道(うじ)茶壺、八代蜜柑」等の名産品以下、様々な漢字を文意の通じるように配列し、末尾は「恐惶謹言、左冲猶追、許容頓首…」と書止語などをいくつか掲げて締め括る。掲出語彙を類語毎にまとめることは少なく、分脈を主体に綴る。なお、本文を行書・大字・3行・無訓で記した後、巻末に楷書・小字・6行・付訓の本文を再録する。SE03353
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〈弘化新板〉世話千字文(小本)
¥1,000
〈弘化新板〉世話千字文(小本) 【判型】大本1冊。縦121粍。 【作者】不明。 【年代等】弘化年間刊。[江戸]亀屋文蔵ほか板。 【備考】分類「往来物」。『〈弘化新板〉世話千字文』は、桑原空洞作、享保2年『世話千字文』の本文を「真草」、すなわち行書と楷書の二体でそれぞれ3行・付訓(音訓を示した両点形式)で記した小本の往来物。『世話千字文』は、『千字文』形式(4字1句、全250句1000字)で社会生活全般にかかわる語句を集めたもので、「鳳暦賀慶、御代泰平、何国静謐、自他幸甚、市店交易、廻船運送、荷物米穀、駄賃員数…」で始まり、商売、普請、相続、徳目、婚姻、交際、人倫、師弟、装束、犯罪、交通、消息、観光、神社仏閣、宗教、病気・養生、公務等々に関する事柄を記し、最後に幕府の仁政を讃えて「千秋万歳」と結ぶ。SE03352
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★〈頭書小伝〉西洋開化往来
¥2,000
★〈頭書小伝〉西洋開化往来 【判型】半紙本1冊。縦225粍。 【作者】片山勤作・序。 【年代等】明治5年8月自序。明治6年1月刊。[京都]熊谷久兵衛ほか板。 【備考】分類「往来物」。全冊袋綴じ展開収録。『西洋開化往来』は、西洋列強の沿革や偉人、近代文化などを紹介した往来。「凡、世界万国土地之広大なる、人類の衆多なる、互に開化の進歩を競ひ、倶に旧染の汚習を除き、今日文物隆盛に至る事…」と書き始め、アダムとイブ以来の歴史や西洋諸帝国の治乱興亡、西洋の代表的偉人や西洋文明の推移を点描する。本文を大字・5行・付訓で記し、漢字表記の人名・地名に片仮名の読み仮名や国籍などを付記したり傍線を施す。頭書「西洋畸人伝」に発明家等の偉人伝と発明品等の挿絵を載せるほか、巻頭に、アレキサンダー・ナポレオン・ワシントンの色刷り肖像画を掲げる。SE03351
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★松花堂明月帖(天明元年)
¥2,000
★松花堂明月帖(天明元年) 【判型】大本1冊。縦269粍。 【作者】松花堂昭乗(惺々坊・惺々翁・滝本坊)・法童坊孝以書。 【年代等】天明元年5月刊。[京都]近江屋七郎兵衛ほか板。 【備考】分類「往来物・書道」。袋綴じ展開収録。『松花堂明月帖』は、松花堂昭乗とその門弟の法童坊孝以の筆蹟を上梓した薄墨の陽刻手本。前半は松花堂昭乗の詩歌、後半は、「立秋」「早秋」「七夕」「秋興」と題した詩歌集。SE03350
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★松花堂詩歌(宝暦4年)
¥2,000
★松花堂詩歌(宝暦4年) 【判型】特大本1冊。縦287粍。 【作者】松花堂昭乗(惺々坊・惺々翁・滝本坊)書。 【年代等】宝暦4年5月刊。[江戸]小泉四郎兵衛蔵板。[江戸]下野屋利助ほか売出。 【備考】分類「往来物・書道」。袋綴じ展開収録。書名は別本のデータと内容から推定。『松花堂詩歌』は、「先遣和風報消息。続教啼鳥説来由」以下の詩歌を集めたもの。巻末4丁に佐理卿筆の詩歌を掲げる。 ◎禁無断転載・複製SE03349
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★御法度書[〈賜板〉甲斐国御法度書](2種)
¥2,000
★御法度書[〈賜板〉甲斐国御法度書](2種) 【判型】半紙本1冊。収録順に縦229・232粍。 【作者】甲斐国(甲府知県事)編。 【年代等】明治元年9月刊。[甲府]甲斐国(甲府知県事)蔵板。内藤伝右衛門(藤屋伝右衛門・温故堂)売出。 【備考】分類「往来物」。同板2種を全冊袋綴じ展開収録(後者に板元名なし)。『御法度書』は、明治元年9月に甲斐国内の村々へ頒布された甲斐国法令集。「一、此度従朝廷被仰出候御条目之趣堅相守、御法度不相背、急度相慎可申候…」と起筆する第1条以下、全44カ条から成る。五人組の役割や人民の義務(忠孝、家業出精、高札遵守、分限、養子縁組、財産相続、風紀、人身売買、賭博、遊芸、不当売買、田畑山林の売買禁止・管理、道路・橋の修繕、年貢、人馬提供・助郷役、捨子・捨馬、牛馬売買等)と人民支配・統制(宗門帳、役人心得)に関する事柄を列挙する。本文をやや小字・8行・無訓で記す。SE03348
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御成敗式目証註(中本・2種)
¥2,720
御成敗式目証註(中本・2種) 【判型】中本1冊。収録順に縦181・181粍。 【作者】高井蘭山注・序。 【年代等】文政11年2月自序・刊。[江戸]和泉屋金右衛門(太田金右衛門・玉巌堂)板。 【備考】分類「往来物・法制」。同板2種を全冊収録(袋綴じ展開収録)。冒頭に書袋も収録した。『御成敗式目証註』は、近世に成立した『御成敗式目』注釈書の中で最も普及したもので、本書はその中本版。『御成敗式目証註』は、多くが大本で、『御成敗式目』の本文を長短様々の約160段に分けて大字・7行・無訓で記し、段毎に細字の割注を施し、さらに頭書に楷書・小字・付訓の本文を再録する。注釈は必要に応じてかなりの長文で綴り、全体的に詳しく丁寧である。中本版はこの大本とほぼ同じだが、頭書の余白に挿絵を載せた点が異なる。また、この中本『御成敗式目証註』の巻末広告(和泉屋金右衛門蔵板目録)には、本書および振鷺亭貞居注の『実語教童子教証註』、蘭山注の『児読古状揃証註』の三書を、「渓百年翁が『経典余師』に擬して本文の間に講釈を加え、真字を以て其頭に出し、傍に仮名を附したれば、師を待ずして弁へやすく、自ら身を治るの基となるべし」と紹介する。SE03347
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御成敗式目詳解[御成敗式目証註](天保2年・2種)
¥2,880
御成敗式目詳解[御成敗式目証註](天保2年・2種) 【判型】大本1冊。収録順に縦257・257粍。 【作者】高井蘭山注・序。 【年代等】文政11年春序。天保2年3月初刊。[江戸]上総屋利兵衛ほか板。 【備考】分類「往来物」。同板別本も抄録。『御成敗式目詳解』は、後に『御成敗式目証註』と改題される以前の初刊本で、近世に成立した『御成敗式目』注釈書の中で最も普及したもの。『御成敗式目』の本文を約160段に分けて大字・7行・無訓で記し、段毎に細字の割注を施し、さらに頭書に楷書・小字・付訓の本文を再録する。注釈は必要に応じてかなりの長文で綴り、全体的に詳しく丁寧である。なお、本書を中本仕立てにし、頭書の余白に挿絵を載せたものが幕末から明治初年にかけて出版された。この中本『御成敗式目証註』の巻末広告(和泉屋金右衛門蔵板目録)には、本書および振鷺亭貞居注の『実語教童子教証註』、蘭山注の『児読古状揃証註』の三書を、「渓百年翁が『経典余師』に擬して本文の間に講釈を加え、真字を以て其頭に出し、傍に仮名を附したれば、師を待ずして弁へやすく、自ら身を治るの基となるべし」と紹介する。SE03346
東京都公安委員会許可
第308942220838号
古物商 (書籍商)